跳ねる跳ねるよ子ヤギは跳ねる。2015年12月28日 23:35

人間もリャマもピレネー犬も水牛もはっきりいって「土台」。
なんなんだ、この跳ねまわるイキモノは!
https://www.youtube.com/watch?v=QL6Ws4i07is

素晴らしき自然とマダムの憂鬱2012年07月06日 21:09

壁をつたって登っていた大きめの羽アリくん、エアコンの中に消える…
たのむから巣にだけはしてくれるなよ。
季節が来てスイッチ押したら「羽アリの集団が吹き出し口からヴワァ~ン!」だけはゴメンだよ。
(スイマセン、今書いてて自分で怖くなってしまった…)

浦沢直樹×手塚治虫の「PLUTO」(プルートウ)は、面白いんだけれども「手塚ファン」の友人・やぎ2号師匠には勧められない。
彼女は大の「虫嫌い」である。
ところがそういう彼女が遠路はるばる拙宅に来ているときに限って、初夏の開いた窓から
「大きな『五木さん』がブンッ!と」
飛んでくるのである。6年間暮らしてただ一度の出来事、まるで誰かが仕組んだように、そーゆーめぐりあわせが起きる。
で「PLUTO」には、一見コート着たおじさんたちが、大口をカパッと開くと開くと、中から
「探査用『五木さん型ロボットの大群が』がゴッパアァッ!」
と、うじゃうじゃ出てくるんである。
やぎ2号師匠は今コレを読んで私との友情関係を深く再考察しているかもしれない。
なにしろ「窓からブンッ!と『五木さん』が!」の時にも、その瞬間師匠は畳から20センチは飛び上がってたものね。

私は、たとえば真夏のコンクリ上で、道に迷ったミミズが「アチチ!」していると、
「こんなところで死んじゃつまんないよー」
と、つまんで側の植え込みに移してやるくらいは平気なのだが、毛が生えていたり臭い匂いを出したり大きすぎたり多すぎたりする輩は苦手だわ。

今住んでいる所は、貯水池があるせいか毎年2~3度、網戸の目より小さい羽虫が大発生して天井の照明カバーの中へと突進してくる。
歩いて4~5分の母の住まいがそうだから、ウチもそうだろう。(引っ越してきてまだ夏は初体験だが)
しかーし。
退治してくれるはずのドッコイ氏が、この夏は行ったり来たり東南アジアに出張なんである。
そのあとも、間髪おかずインド方面に出張、虫さん達との戦いは私ひとりでしなければならない。
とりあえず『五木さんコロリ』は仕掛けた。
羽アリくんたちも、網戸で防ごう。
特攻羽虫くんは、あとで掃除機で吸い取り、ランプカバーを洗おう。

しかし、んー
「なんで寝室から台所にかけて、おとといから体長1ミリ弱のアリさん達の大街道になってるのかなっ!?、ウチ。」
嗚呼、豊かな自然…。

金環日食だー2012年05月22日 00:07

関東ではなんと173年ぶりの「金環日食」である。
しかも「日本の広い範囲で観察」となると300年後。
で、私は目の前の公園で観たのだが、ツレアイのドッコイ氏は、こーゆーコトではツボをはずさない。
ちゃんと前日から会社近くのビジネスホテルにお小遣いを貯めて予約をとって、
「では行ってきます。」
と前の晩三脚担いでカメラ持って、職場の近くの川沿いにポイント定めて、200枚近くパシパシ撮って帰ってきましたー。
まったく、ロマンチストなオトコの子ッて!(笑)




もったいないのマータイさん2011年09月29日 07:02

ワンガリ・マータイさんが亡くなった。
といっても、どこの誰やら、何をした人なのかやら、これを読んでいる人の8割はご存じあるまい。
実は私も今朝のニュースで、「マータイさん、ケニアで国葬」を見て知った。
しかし、調べてみると、これがとんでもない人なんである。

彼女は環境保護活動家、アフリカ大陸の砂漠化を防ごうと全土で植林活動と民主化に貢献し、2004年、環境分野の活動家としては初めて、ノーベル平和賞を受賞した。
アフリカ人女性としても受賞は史上初である。国連平和大使でもあった。
(以上Wikipedia調べ)

独裁的な前政権下では何度も投獄されている。
アフリカ女性の地位向上の運動も展開した、という、すごい人である。
ユニークなのは日本の「もったいない」という言葉を知り、アフリカで「MOTTAINAI」キャンペーンを展開したことである。

国葬では、「もったいない」ので木の棺は使わないという。
最期まで、画期的な人であったのだな、と思った。

71歳という早すぎる死が、もったいない。

お彼岸と台風一家2011年09月26日 04:38

恥をさらすようでナンだが、私は二十歳を過ぎるまで「台風一過」を「台風一家」だと思っていた。
だって「寺内貫太郎一家」とか「あばしり一家」とかあるんだもの(笑)。
台風の目はお父さん、雲はお母さん、風はお兄さん、雨は弟だと思っていた。

さて、おとついは、お彼岸の中日をずらしてドッコイ氏のお里(信州)へお参りに行って来たのだが。
朝4時起きして、5時半過ぎにに出発、途中休み休み行ったのだがあっさり10時頃に着いてしまった。
お義母さんとお墓参りして、おそば屋さんで早めの昼食を食べ、徒歩ではちょっと離れた所にある大型スーパーに行ってお義母さんの買い物につきあったわけだが。
売ってたのがこれ。

スティックのすあまって初めて見た。
味はフツーの「すあま」だった。
で、隣村のよろず屋さんがこの看板「バナナ屋」。バナナ専門店では決してないの。

帰りは行きと違う通り道を通ったのだが、これがいけなかった!
山肌が所々小さく土がむき出しになっていて、峠の土砂崩れで片道通行の「大渋滞」に巻き込まれちゃったのである。
結局家にたどり着いたのは10時過ぎ。(予定では6時半)
改めて自然災害の怖さが身にしみた1日であった。

ふう、やれやれ


やあ!2011年06月17日 16:59

人さまのサイトで大笑い。
タイトルは「やあ!」
なごむなあ~。
ありがとうカーコさん!


大きな獣の荘厳な死2011年05月30日 09:31

女子校5年生(高2)の修学旅行は九州一周だった。
9~10日かけてゆっくり周り、観光客立ち入り禁止の長崎の教会でも、女性三部のコーラスで聖歌を歌ってミサを上げてもらうという口実に中に入れてもらったりした。
移動のバスの中では毎日私たちは奉納歌の練習で歌ってばかりいた。

今でも覚えている。九州の都井岬に泊まったときのことだ。
何故か空き時間が出来て、朝、私たちは散歩した。
都井岬と言えば野生馬「岬馬(美崎馬ともいう)」の生息地である。ついたその日もバスの窓越しにたっぷり馬を見た。
翌朝、何かの都合で空き時間が出来て、私たちは岬を散歩した。(といってもそこいらへん程度)
崖のカーブの下で、老馬が落ちて死んでいた。
私は大きな獣の死というものを初めて見た。それは荘厳で、でもどこか儚かった。

私は馬が好きだ。
幼い頃、近くの成城大学の馬場が近くにあったので、体の弱かった私を、母はよく
「のんちゃん、お馬さん見に行こう。」
と散歩に連れ出してくれた。
私が生まれて初めて描いたまともな絵は、お姫様でもお花でもなく「馬」である。

その都井岬の野生馬に「馬伝染性貧血」のウィルスが見つかり、12頭が殺処分されたという。(5/29朝日新聞)
岬馬の現在生息数およそ百十頭。ウィルスの感染力は弱いが、治療法がまだ分かっていない。
日本馬は数が少なく、一番少ない対馬馬は25頭、北海道和種馬(道産子)の数は分からないが、それを除くと7種、650頭足らずである。

野生の鹿が森で死んで、その死骸が喰われ、腐り、骨となり、消えてゆく様の写真を、定点観測した写真集は何というタイトルだったろう。