サクラなまこ餅 ― 2010年02月04日 00:49
ドンと1本。桜エビ入りです。
薄切りにして焼いて食べます。何もつけなくても、ほんのり塩味。
ご近所のお米屋さんで、毎年節分にあわせて取り寄せてもらいます。
ほかにも青のり、よもぎ、ごま、黒大豆入りなどいろいろ。
「カルシウム剤アレルギー」の私にとっては、食べ物から摂るカルシウムがすべてですので、これも貴重な「くすり食」のひとつ。
しかも美味しい!
難点は「太る」こと。これさえなけりゃねぇ〜。(笑)
薄切りにして焼いて食べます。何もつけなくても、ほんのり塩味。
ご近所のお米屋さんで、毎年節分にあわせて取り寄せてもらいます。
ほかにも青のり、よもぎ、ごま、黒大豆入りなどいろいろ。
「カルシウム剤アレルギー」の私にとっては、食べ物から摂るカルシウムがすべてですので、これも貴重な「くすり食」のひとつ。
しかも美味しい!
難点は「太る」こと。これさえなけりゃねぇ〜。(笑)
節分六題(その1) ― 2010年02月02日 05:33
あるんですね〜、「節分グッズ」。
節分六題(その2) ― 2010年02月02日 05:31
「20グラムと9ケ」という表記が気になります。
節分六題(その3) ― 2010年02月02日 05:29
子鬼の足跡べっこう飴3つ、棒飴1本、金棒に見立てたかりんと2本。「揚げ豆のおこし」3枚で9個。
しかし20グラムの豆は63粒で、ウチのふたりの歳に足りません。(笑!)
しかし20グラムの豆は63粒で、ウチのふたりの歳に足りません。(笑!)
節分六題(その4) ― 2010年02月02日 05:27
柊と豆ガラはスーパーのめざし売り場で売っていました!
節分六題(その5) ― 2010年02月02日 05:16
なんと黄金の豆が!(食べられません)
鉄ひももめでたい紅白柄!
鉄ひももめでたい紅白柄!
節分六題(その6) ― 2010年02月02日 05:13
よくよく見ると、「イワシの頭」の代わりに煮干しが!
「石焼き芋〜っ!」 ― 2010年02月02日 00:17
の声につられて、バス停から煙の見える方向にダッシュしたら、ちょうどあと2本で売り切れのところだった。
1本はいつものお茶屋さんへ。ここのご主人はおしゃべり好きで、いつもおいしいお茶を2杯いただくので、今日は私が「おみやげ」。
1本は冷めないように手拭いでくるんで母宅へ。
「夕食前というのについひとくち」は女の性(さが)よ。
昔から、江戸では「芝居こんにゃく芋カボチャ」、堺では「芋タコなんきん芝居」と言うくらい「お芋」は女の好物なのだ。里芋は古来より日本にあった。さつま芋は江戸中期1734年、青木昆陽先生のご登場を待たなければならないのだが。
養母がハンストを起こしたのは、入院3ヶ月くらいだったか、まだ寒い季節だった。総入れ歯をいつのまにか自分から捨ててしまったようで、なんでも「刻み食」、ただでさえ食事のまずい病院で、そこに「見た目もとの素材が何が何だかわからなくなてしまったような刻んだ食事」では、まぁ確かに食べる気無くすわな。
しかしハンストはな、困ったぞ。
「もう、なんでもいいですから、本人の食べたい物を食べさせてください。」
とナースの主任さんに言われて、「焼き芋が好物だったな」と思いつつ(よく庭で落ち葉かきをして、焼いていた)しかしこればっかりは、石焼き芋屋さんとの邂逅狙いである。
と、そこへ。
出ました朝十時、アナウンスなしの石焼き芋屋さん!
「まだ焼けていないんだな。」
と原チャリで軽トラを追跡すること約1時間。釜を焚いているので低速なのがラッキーだった。(でないと原チャリでおっかけるなんてムリ!絶対ムリ!)
とある団地へ入って、スピーカーから声が
「い〜しや〜きい・・・」
「下さいッ!!」
「はいっ?!」
事情を説明したら、実は1時間前から焼き上がっていたことが判明。1本オマケしてくれた。いい石焼き芋屋さんであった。
病院もすぐ近くだったから、冷めないようにダウンジャケットの懐に入れて、とばして、病室にジャーン「戦利品」!
まー養母の食べることったら、歯のない歯茎でモリモリ食べた食べた。
当たり前だよハンストやってたんだもん、おなかが空いてないわけがない。
運悪く若いナースさんに見つかって
「病院では食事を出すんですから、勝手な物を食べては困ります。」
ったって、言ったの主任さんだも〜ん。
「おたんこナース」ファンの私は、のこりの焼き芋をまた懐に入れて、彼女が去ったらふたりでまた食べた。
「ひねくれ頑固者」に見えて、意外や「童心と茶目っ気」の養母と、あれが「笑いながら一緒に食べた最後のおやつ」だった。
1本はいつものお茶屋さんへ。ここのご主人はおしゃべり好きで、いつもおいしいお茶を2杯いただくので、今日は私が「おみやげ」。
1本は冷めないように手拭いでくるんで母宅へ。
「夕食前というのについひとくち」は女の性(さが)よ。
昔から、江戸では「芝居こんにゃく芋カボチャ」、堺では「芋タコなんきん芝居」と言うくらい「お芋」は女の好物なのだ。里芋は古来より日本にあった。さつま芋は江戸中期1734年、青木昆陽先生のご登場を待たなければならないのだが。
養母がハンストを起こしたのは、入院3ヶ月くらいだったか、まだ寒い季節だった。総入れ歯をいつのまにか自分から捨ててしまったようで、なんでも「刻み食」、ただでさえ食事のまずい病院で、そこに「見た目もとの素材が何が何だかわからなくなてしまったような刻んだ食事」では、まぁ確かに食べる気無くすわな。
しかしハンストはな、困ったぞ。
「もう、なんでもいいですから、本人の食べたい物を食べさせてください。」
とナースの主任さんに言われて、「焼き芋が好物だったな」と思いつつ(よく庭で落ち葉かきをして、焼いていた)しかしこればっかりは、石焼き芋屋さんとの邂逅狙いである。
と、そこへ。
出ました朝十時、アナウンスなしの石焼き芋屋さん!
「まだ焼けていないんだな。」
と原チャリで軽トラを追跡すること約1時間。釜を焚いているので低速なのがラッキーだった。(でないと原チャリでおっかけるなんてムリ!絶対ムリ!)
とある団地へ入って、スピーカーから声が
「い〜しや〜きい・・・」
「下さいッ!!」
「はいっ?!」
事情を説明したら、実は1時間前から焼き上がっていたことが判明。1本オマケしてくれた。いい石焼き芋屋さんであった。
病院もすぐ近くだったから、冷めないようにダウンジャケットの懐に入れて、とばして、病室にジャーン「戦利品」!
まー養母の食べることったら、歯のない歯茎でモリモリ食べた食べた。
当たり前だよハンストやってたんだもん、おなかが空いてないわけがない。
運悪く若いナースさんに見つかって
「病院では食事を出すんですから、勝手な物を食べては困ります。」
ったって、言ったの主任さんだも〜ん。
「おたんこナース」ファンの私は、のこりの焼き芋をまた懐に入れて、彼女が去ったらふたりでまた食べた。
「ひねくれ頑固者」に見えて、意外や「童心と茶目っ気」の養母と、あれが「笑いながら一緒に食べた最後のおやつ」だった。
セーラー服のモデルさん ― 2010年01月30日 17:48
篠山紀信さんとモデルさんが人目につく所でヌード撮ったのなんのって、警察沙汰になっているらしい。法律はときどきゲージツに厳しい(笑)。
私は知り合いのツテで、自動販売機売りのエロ本の仕事をしたことがある。
しかし、編集長が元文学派だったので、「半分エロ写真で半分文学」、やたら活字の多い「変なエロ本(笑)」だった。
「カストリ(3号でつぶれるとゆー業界用語)かな?」
と思っていたらなんとか4号まで出た。
非合法な業界の嬉しさは
「いつもニコニコ現金払い」
なことで、(普通は原稿を渡して、本になって、それから1ヶ月〜半年以上のところもあるし、支払いは銀行振り込みが多いのだが「手形」なんてときもある。契約より少ない額だったり、逃げられて0円だったりすることもある。)おまけに源泉徴収(1割引)もなし、という、描いたら即お米が買える、ありがたい商売だった。
「生きてくためには何でも描きます」
と看板を上げている、本当に貧乏なころで、おまけにうまいこと「文学派の読み物の」のポジションだったので、好き勝手やらせてもらった。(走る山手線の頭の上で抱きあってるリカちゃん人形とGI ジョーとか、水底を歩いているオタクのおにーさんと上半身人魚とか、ナンジャソリャ・笑)
「芸術はバクハツだ!」
の岡本タロサンの勢いであった。むこうは「岡崎京子ちゃん」(面識があるのでちゃん付け)が欲しかったらしいいけど無理。それは無理。
どこの出版社で内紛があったかしらないが、スタッフはみんなプロだった。
雑誌を立ち上げるノウハウというのは煩雑なものだが、その点はおみごとだった。
ハードはよかったのだ。
ただな、ソフトがな。私とかだもんな。
もっと悲惨なのは写真部門であった。
シティーホテルの1室を借りて、スタッフ全員機材持って・・・・忍び込みで撮影・・・という一流ホテル泣かせな迷惑行為をする予算もなく。
山奥の、廃校になった木造校舎にしのびこみ。
「魅惑のセーラー服ヌード」!!
ロケ地年期入り!
カメラマン年期入り!
スタッフ年期入り!
モデルさん年期入り!すごく年期入り!!
あなたは京都府に「18才以上の女性は、学生以外セーラー服を着用してはいけない」という条例があるのをご存じでしたか?
はい、風俗規制ですね。撮影は京都ではなかったが。
モデルさんは映像処理で修正しても40くらいの人であった。
ポーズとか表情とかね、もうスゴイの。プロ中のプロ!
あぁ、目尻にた〜んとシワさえなければ。
チチにもシワが入っていた。ああ、清楚なセーラー服からこぼれるシワチチ。
さし絵は室内で描けるけど、深まりゆく秋、山奥の廃校、寒い中どんどん脱いであえぐモデルさん。
もはや「わび・さび」の世界であったのか「デカダン」であったのかわからん。
セピア色の秋風のような(ものは言いよう)ヌードであった。
☆週のはじめに引いたタチの悪い風邪がまだなおりません。よくなったと思ったらぶりかえし。ドッコイと交互に咳合戦しております。みなさま、ご自愛くだされ。
私は知り合いのツテで、自動販売機売りのエロ本の仕事をしたことがある。
しかし、編集長が元文学派だったので、「半分エロ写真で半分文学」、やたら活字の多い「変なエロ本(笑)」だった。
「カストリ(3号でつぶれるとゆー業界用語)かな?」
と思っていたらなんとか4号まで出た。
非合法な業界の嬉しさは
「いつもニコニコ現金払い」
なことで、(普通は原稿を渡して、本になって、それから1ヶ月〜半年以上のところもあるし、支払いは銀行振り込みが多いのだが「手形」なんてときもある。契約より少ない額だったり、逃げられて0円だったりすることもある。)おまけに源泉徴収(1割引)もなし、という、描いたら即お米が買える、ありがたい商売だった。
「生きてくためには何でも描きます」
と看板を上げている、本当に貧乏なころで、おまけにうまいこと「文学派の読み物の」のポジションだったので、好き勝手やらせてもらった。(走る山手線の頭の上で抱きあってるリカちゃん人形とGI ジョーとか、水底を歩いているオタクのおにーさんと上半身人魚とか、ナンジャソリャ・笑)
「芸術はバクハツだ!」
の岡本タロサンの勢いであった。むこうは「岡崎京子ちゃん」(面識があるのでちゃん付け)が欲しかったらしいいけど無理。それは無理。
どこの出版社で内紛があったかしらないが、スタッフはみんなプロだった。
雑誌を立ち上げるノウハウというのは煩雑なものだが、その点はおみごとだった。
ハードはよかったのだ。
ただな、ソフトがな。私とかだもんな。
もっと悲惨なのは写真部門であった。
シティーホテルの1室を借りて、スタッフ全員機材持って・・・・忍び込みで撮影・・・という一流ホテル泣かせな迷惑行為をする予算もなく。
山奥の、廃校になった木造校舎にしのびこみ。
「魅惑のセーラー服ヌード」!!
ロケ地年期入り!
カメラマン年期入り!
スタッフ年期入り!
モデルさん年期入り!すごく年期入り!!
あなたは京都府に「18才以上の女性は、学生以外セーラー服を着用してはいけない」という条例があるのをご存じでしたか?
はい、風俗規制ですね。撮影は京都ではなかったが。
モデルさんは映像処理で修正しても40くらいの人であった。
ポーズとか表情とかね、もうスゴイの。プロ中のプロ!
あぁ、目尻にた〜んとシワさえなければ。
チチにもシワが入っていた。ああ、清楚なセーラー服からこぼれるシワチチ。
さし絵は室内で描けるけど、深まりゆく秋、山奥の廃校、寒い中どんどん脱いであえぐモデルさん。
もはや「わび・さび」の世界であったのか「デカダン」であったのかわからん。
セピア色の秋風のような(ものは言いよう)ヌードであった。
☆週のはじめに引いたタチの悪い風邪がまだなおりません。よくなったと思ったらぶりかえし。ドッコイと交互に咳合戦しております。みなさま、ご自愛くだされ。
ありがとうDr. 福山雅治!! ― 2010年01月26日 02:14
私の母は、明日80才になります。
(あ、私、養母・義母・実母と3人母がいるのですが、実母です。)
シャープ(だっけ?)のCMで、福山雅治さんに、がっちりハマりました。
4月に父が逝って、その直後、知り合いの1人暮らしのおばあちゃんの介護、入院後は日参して身の回りの世話、と忙しく・・・・というより、自分を忙しくして、父の死を「悲しみすぎないように」保っていた感があるのですが、おばあちゃんが遠くの老人ホームに移ったら、ジャストタイミングで出逢った福山雅治さん!
詳しくは昨年12/22の「母、「福山雅治」に目覚める!」に書いた通りなのですが、ちょうど今年の大河ドラマ「竜馬伝」の主人公なもので、これで1年、明るく暮らせるぞ〜!と、ホッとする娘とその夫。
前回は私が好きな貫地谷しほりさんが登場の巻。「スウィング・ガールズ」以来好きなのだが、NHKでは「ちりとてちん(落語)」といい今回といい、和服が似合うのでございます。家族全員で楽しんでおります。
父の介護、死、おばあちゃんの介護、別れ、と、元気そうに振る舞いながら、やっぱり実の娘の目から見れば
「ああ、疲れてるな〜・・・」
だったのですが、Dr. 福山効果絶大っ!
ついにCDからDVDの使い方まで覚えてしまいました。
目の輝きが違います!! 10くらい若返りました!!
ありがとうDr. 福山雅治!!
(あ、私、養母・義母・実母と3人母がいるのですが、実母です。)
シャープ(だっけ?)のCMで、福山雅治さんに、がっちりハマりました。
4月に父が逝って、その直後、知り合いの1人暮らしのおばあちゃんの介護、入院後は日参して身の回りの世話、と忙しく・・・・というより、自分を忙しくして、父の死を「悲しみすぎないように」保っていた感があるのですが、おばあちゃんが遠くの老人ホームに移ったら、ジャストタイミングで出逢った福山雅治さん!
詳しくは昨年12/22の「母、「福山雅治」に目覚める!」に書いた通りなのですが、ちょうど今年の大河ドラマ「竜馬伝」の主人公なもので、これで1年、明るく暮らせるぞ〜!と、ホッとする娘とその夫。
前回は私が好きな貫地谷しほりさんが登場の巻。「スウィング・ガールズ」以来好きなのだが、NHKでは「ちりとてちん(落語)」といい今回といい、和服が似合うのでございます。家族全員で楽しんでおります。
父の介護、死、おばあちゃんの介護、別れ、と、元気そうに振る舞いながら、やっぱり実の娘の目から見れば
「ああ、疲れてるな〜・・・」
だったのですが、Dr. 福山効果絶大っ!
ついにCDからDVDの使い方まで覚えてしまいました。
目の輝きが違います!! 10くらい若返りました!!
ありがとうDr. 福山雅治!!
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