母・芳子さんと振り込め詐欺2015年09月23日 22:05

母・芳子さんはウチから歩いて5分の団地に一人暮らし。
ある晩ごはんをお呼ばれに行ったら
「ねえ、のんちゃん(母は死ぬまで私をこう呼ぶでしょう、私がオバアチャンになっても!)今日、ついに我が家にも来たのよ。」
「来たって、なに?」
「『オレオレ詐欺』の電話!」
「えー、どうしたの、それで」
「いきなり『あぁ、母さん、オレオレ』っていうから『明かい?』って」
(兄の名前は明ではナイ)
「そう明、車上荒らしに遭っちゃって。会社の金を持ち逃げされて…」
「え~!そ、それでいくらだい?」(ここらへん母ウマイ)
「そ…それが4000万円」
「な~んだ、たった4000万円かい」
(母は4000万という金を見たこともたべたこともない。「とりあえず」の預金はあるけれど、基本的に江戸っ子、お金の使い方がきれいで愉快)
「で、電話の向こうで『明』さんがおいおい泣き出してね、『お金をくれよぅ、母さん、頼むからオレの身を救ってくれよぅ』って」
「…で、どうしたの?」
「今出られないから、会社の者をよこすから銀行のATMコーナーで会って、彼の指示通りにしてくれって。私ちょっと意地悪してやろうと思って、わざとトンチンカン言って話20分くらい話ひっぱっちゃったんだけど、飽きてきてね」
「うん」
「『あのね、ウチには明という男の子はおりませんのよ』って言ったら、切れた」
母度胸ある~!
「相手に電話代と時間損させてやった、ザマーミロ♪」
ですって。

教訓:無い金は盗れない、無い人は無敵
 
母・芳子さんはどこまでもお茶目な人なのでした。

だぶっちゃった「花物語」2015年05月15日 01:06

必要で母に「花物語」(吉屋信子)貸して、といったら
「無い」という。
そんなことない、私がプレゼントした本だし、背表紙も見たし、あるはず
と言っても「断捨離」で人生小さくまとめようという母のこと、本当やもしれぬ。
で、Amazonで取り寄せた途端に
「あったわ」
と。
どうしよう二組の「花物語」…

乳児の記憶2015年03月11日 22:39

私はまだ乳児だった。
薄黄緑色をミルクに解かしたような色の乳母車に、母に圧されて乗っていた。
母の日傘はあすきアイス色をもっと白く染めたような色で、あちこちに、刺繍で明けた花柄の穴が空いていた。
穴ごしに、杉やけやきの葉が見えた。
お日さまとその葉々野色越しに、私が観ていた世界は、不思議なことに「鳥獣戯画」なのである。
あるいは当時出た「岩波写真文庫」を見せてくれたのかもしれない。
生まれて初めての記憶は、ここから始まる。
幸せなことだ。
胎児の時にも母の呼びかけ、励ます声を聞いている。
本当に、幸せなことだ。

東京大空襲七十年2015年03月10日 22:58

七十年前の今月今日、母・芳子さんは焼け出された。
次の日腸捻転で小さな妹が死んだ。
本所のおじさんは行方不明。
五月の大空襲にもにも焼け出されて、住むところが無く「石炭小屋」に住んだ。
ほんの七十年前の話。

母詫びる2013年11月16日 18:40

私の母は子供を心から慈しみ、愛して育ててくれた。
感謝している。
しかし先日ひとつの秘密が明らかになった、母の告白…
「鼻が高くなるように、って毎日つまんでいたのよ。
そしたら…そしたら『ダンゴッ鼻』になっちゃって…ごめんなさいね!」
お母さん、その愛情だけで充分です。(笑)
自分のチャームポイントだと思ってますし。

ジンジャーシロップのゆくえ2013年05月04日 04:09

便秘症の母、下手すると1週間出ない。
便秘薬はお腹がゆるくなっていけない。
かく申す私も40の坂を越えた頃から、お腹は気まぐれである。
で、インターネット広告に出ているショウガ中心のお通じが良くなるシロップを取り寄せた。
やはり我が身で試してから…と、3本セットである。
ところが私、このところ絶好調。母に手渡せないままである。

ところでこのショウガシロップの広告、「女なのに出世している」とか「お金かけたのかなと心配」とか「友人が美人じゃないけど凄くキレイ!」とか、「おりゃ、世間のおなご衆にケンカ売っとるんかい!わしゃぁ許さんぜよ!」という、とんでもない逆なでコピーなのであった。(笑)

いろはに金平糖2012年11月02日 22:19

私が子供の頃は、かなり短くなっていた童歌

「いろはに金平糖
金平糖は甘い 甘いは砂糖
砂糖は白い 白いは電球
電球は光る
光はオヤジのハゲ頭♪」

母が交換日記で「元歌」を教えてくれました。

「いろはに金平糖
金平糖は甘い 甘いは砂糖
砂糖は白い 白いはうさぎ
うさぎははねる はねるはノミ
ノミは赤い 赤いはほおずき
ほおずきは鳴る
鳴るはおなら おならはくさい
くさいはうんこ うんこは黄色い
黄色いはバナナ バナナは高い
高いは十二階 十二階はこわい
こわいはおばけ おばけは消える
消えるは電球 電球は光る
光るは親父のはげ頭」

「十二階」は関東大震災前、浅草にあった展望台「凌雲閣」のこと。
バナナが高価だったり、ほおずきを鳴らしたり、
今では違ったり無かったり、ですが、全部知るとちょっと嬉しい。(笑)

母の界隈2012年06月27日 15:32

クリニックのリハビリ室。
同じ名前(ちょっと珍しい)の御年輩がいるらしく、
「あら、もしかしてお父様は…」
「いえ、私は『芳子さん』(←ここに本名入る)の娘です。」
「あっら~♪、あの福山雅治クンのファンの~♪」

…芳子さんの名前は通りがイイようです、ここいら界隈では。(笑)

お引っ越し日記その後2012年05月07日 23:04

「祭りの後症候群」とでもいうのだろうか、大騒ぎの引っ越しで3週間も「3人家族」していたのが、朝になってドッコイ氏が出勤してしまえば新居に一人である。
ポツーンというような感じで、掃除機をかけてみても、荷物をちょいと解いてみても、明日のお弁当の献立を考えて買い物に行っても、鬱がもわもわと湧いてくる。
結局夕方芳子さんちへ電話して
「鬱がひどいから、今夜は行けません。」
と伝えたら、1時間後、晩のおかずをもって来ちゃった、芳子さんが。
「やっぱり一人では気が抜ける。」
とのことで、おかずの取り替えっこをして、「明日は行くね。」と約束。
笠置シヅ子の「ジャングル・ブギ」なんか聴きつつ、明日使う生まれて初めての「全自動洗濯機」なるものの使用説明書を読む。
作業は楽なのだが、マニュアルは結構あって、焦りながら「畳水練」なのだ。
えーと、柔軟剤はどこで入れればよかたんだっけ。(笑)

最後の同窓会2012年04月04日 18:09

今日は、母が通っていた師範学校の「最後の同窓会」(もうみんな82歳だからね)。「晩には帰るからウチにいらっしゃい」という母、「せっかく最後の同窓会なんだから、二次会まで楽しんでいらっしゃい」という娘。