言霊の怖さ2016年04月16日 20:53

阿倍晋三首相は、「リーマンショックや東日本大震災級の災害が起こらなければ、予定通り消費税を10%にする。」と言った。
まさかこんな大規模な震災が起こるとは思わなかったんだろう。
言霊ってあるんだな。
めったな事は言えない。

死について・12016年04月14日 06:22

死について、少し書く。

長野の義母は夜中の1時40分に死んだ。
「容態が変わったから治療室に来てください」
と夜勤の若い看護師に呼び出され、休憩室からダッシュ。
体に取り付けた、脈拍・心拍・呼吸数を表すモニタがえらいことになっていた。
「今、夜勤の先生呼んできますので」

そこから(急患が入ったのだろう)医師登場までの数十分、私とドッコイ氏は義母を見つめ続けるしかなかった。

心拍数が、段々弱まってはハッとしたようにもちなおし、脈拍は測定不可能なほど弱く、エアマスクをつけた義母は、呼吸が浅いのか何度も「あくび」をする。


モニタの波形が平行線をたどることが長くなり、だんだん、義母は死んでいった。
最後に心拍数のモニタがパッとクラッシュして、それが最期だった。

普通は病室でいよいよとなると医師は
「ご家族の方ちょっと外してください」と言って、死の瞬間というのは家族に見せないものだが、こちらは看護師も医師もいないんである。
ドッコイ氏とふたりで最初から最後まで看取った。

人間は深く息を吐いて死ぬ。
次に息を吸う力がなくて、死ぬのである。
だからドラマなんかで、役者さんが死ぬシーン、あれはどんなに名優でもそのあとしばらくカメラが回っているので、肺に息をためている、あれは演技だ。

医師が小走りにやってきた。
モニタを見て、脈をとって、瞳孔を見て、時計を見て
「1時40分、ご臨終です」と言ったが、じっさいにはもっとはやく義母は死んでいるのである。ただ死亡診断書に記載の都合上、医師の確認がいるのだ。

よくニュースで山や海で「心肺停止状態で発見」された人はじつはもうとっくに亡くなっており、ヘリで病院に搬送して医師が確認をとるのである。

なにしろこの「死亡診断書」がなければお役所の「埋葬許可証」が出ず、お葬式が出せないシステムになっているのだ。
昔は「仮死状態であり葬儀の最中に息を吹き返した」なんて例があった。

だから日本では、死には
「念には念を」いれるのである。
医師の胸ポケットには常に小さな懐中電灯が入っている。
「瞳孔が開いているか」
サッと確認できるように。
職業というものは、ルールで成り立っているものである。

看護師に「お支度をしますので」と言われ、パジャマを着せるか、病院の売店の浴衣寝間着にするか問われる。
ピンクのパジャマでは棺の中で浮いてしまうと考え、寝間着を買う。
(のちに正解だったと知る)

死化粧というものは、看護師が手持ちのもので素早く済ませてくれるそうだが、大病院ともなると専門の化粧品もあるだろう。
最近日本では「エンゼルメイク」といって、遺族が最期の別れに化粧をする、そのキットを扱っている病院もある。1回分使い捨てであるが、なにせ死者に対する畏敬の念があるから安っちいものではいけないらしく、結構値がはるらしい。

看護師に「前であわせて、指は組みますか」と問われ、お願いしたら、結構力を入れてメキョメキョッと組んでくれた。死んだ瞬間から「死後硬直」との戦いである。

葬儀社の人が来て、書類を確認してシートのようなもので遺体をくるみ運搬車にのせる。
ドッコイ氏は車の運転があるので、私が同乗したのだが、道順にも決まりがあるらしく、遠回りでも旧街道をそろりそろりと進む。

真夜中の、田舎の旧街道というものは、古い家並みが残っていて、どこかへタイムスリップするような錯覚をおこしてしまう。

山中であるから、うしろ(というか補助席)に載っている私からは、シートにくるまれたとはいえ義母丸見えで、急な下り坂なんかでは頭バンとしきり板にぶつけたり、急な登りでは向こうにいっちゃったり、棺に納めるまでは「死体」というのは結構やっかいな「もの」だ。

話は変わるが昔死体をぐるぐる回しする「ハリーの災難」というヒッチコックの傑作ブラック・コメディ映画があった。
明け方にこれをポチポチ打っているのだが、また観たいな。

(たぶん続く)

真夜中におまわりさん騒動2015年11月21日 02:04

「風切り羽」でGoogle画像検索すると。ガムテープで口を塞がれた少女のアップが出てくる。
真夜中にビックリして警察に通報したら映画「風切羽」の予告カットだった。
まぎらわしい!というか、先日の「首を絞めたかった犯罪」みたいに予備軍を産まんものか。不安・・・
で、発見するなり110番通報して、近所の交番のおまわりさんに見てもらった。
事件性はゼロと言うことで一件落着。
夜中の1時過ぎ。
おまわりさん、ご苦労さま。

今こそ読もう「村山談話 全文」2015年08月12日 00:55

現職首相が当初
「もう70年の節目だから、おわびも反省も盛り込むつもりはない」
としていた14日の「談話」。

世界から、国内の有識者から、そしてなにより日本国民から非難を浴びて、あとからあわてて
「おわび」「植民地支配」「反省」と言った言葉を「つけたそう」としています。
泥縄ちゅーんじゃ、そーゆーの!(苦笑)

でも結局は、戦後の節目50周年にして初めて「談話」という形で世界にアピールした「村山談話」(村山富市・社会党)に限りなく近づく可能性はあります。

当初から「心に思っていなかったこと」を、周囲からの働きかけで

「とりあえず述べる」

わけですな。
どこまでたかをくくったトラウマお坊ちゃまなんだ、安倍晋三!
連日子供部屋の窓から聞こえる「安保反対」のデモ隊のシュプレヒコールに
「僕の大好きな岸信介おじいさまが『国民』にいじめられている。
おじいさまは立派な首相なのに!」という原体験。


歴史的評価の高い「村山談話」の全文を載せます。
一読の価値があります。一人の首相が「50年間の沈黙」をやぶり
初めて日本国代表として心情を述べた、
胸に迫る、切実な言葉がここに「生きて」います。

今、私たちは「村山談話」を改めて読む必要があります。



「先の大戦が終わりを告げてから、50年の歳月が流れました。今、あらためて、あの戦争によって犠牲となられた内外の多くの人々に思いを馳せるとき、万感胸に迫るものがあります。

 敗戦後、日本は、あの焼け野原から、幾多の困難を乗りこえて、今日の平和と繁栄を築いてまいりました。このことは私たちの誇りであり、そのために注がれた国民の皆様1人1人の英知とたゆみない努力に、私は心から敬意の念を表わすものであります。ここに至るまで、米国をはじめ、世界の国々から寄せられた支援と協力に対し、あらためて深甚な謝意を表明いたします。また、アジア太平洋近隣諸国、米国、さらには欧州諸国との間に今日のような友好関係を築き上げるに至ったことを、心から喜びたいと思います。

 平和で豊かな日本となった今日、私たちはややもすればこの平和の尊さ、有難さを忘れがちになります。私たちは過去のあやまちを2度と繰り返すことのないよう、戦争の悲惨さを若い世代に語り伝えていかなければなりません。とくに近隣諸国の人々と手を携えて、アジア太平洋地域ひいては世界の平和を確かなものとしていくためには、なによりも、これらの諸国との間に深い理解と信頼にもとづいた関係を培っていくことが不可欠と考えます。政府は、この考えにもとづき、特に近現代における日本と近隣アジア諸国との関係にかかわる歴史研究を支援し、各国との交流の飛躍的な拡大をはかるために、この2つを柱とした平和友好交流事業を展開しております。また、現在取り組んでいる戦後処理問題についても、わが国とこれらの国々との信頼関係を一層強化するため、私は、ひき続き誠実に対応してまいります。

 いま、戦後50周年の節目に当たり、われわれが銘記すべきことは、来し方を訪ねて歴史の教訓に学び、未来を望んで、人類社会の平和と繁栄への道を誤らないことであります。

 わが国は、遠くない過去の一時期、国策を誤り、戦争への道を歩んで国民を存亡の危機に陥れ、植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えました。私は、未来に誤ち無からしめんとするが故に、疑うべくもないこの歴史の事実を謙虚に受け止め、ここにあらためて痛切な反省の意を表し、心からのお詫びの気持ちを表明いたします。また、この歴史がもたらした内外すべての犠牲者に深い哀悼の念を捧げます。

 敗戦の日から50周年を迎えた今日、わが国は、深い反省に立ち、独善的なナショナリズムを排し、責任ある国際社会の一員として国際協調を促進し、それを通じて、平和の理念と民主主義とを押し広めていかなければなりません。同時に、わが国は、唯一の被爆国としての体験を踏まえて、核兵器の究極の廃絶を目指し、核不拡散体制の強化など、国際的な軍縮を積極的に推進していくことが肝要であります。これこそ、過去に対するつぐないとなり、犠牲となられた方々の御霊を鎮めるゆえんとなると、私は信じております。

 「杖るは信に如くは莫し」と申します。この記念すべき時に当たり、信義を施政の根幹とすることを内外に表明し、私の誓いの言葉といたします。

村山総理大臣談話 / 平成7年」

今日で4年目2015年03月11日 01:24

みんな忘れちゃいけない「3.11『東日本大震災』のこと」を。

五千万円の”バチ当り”~~~!年末ジャンボ…♪2013年12月17日 21:15

猪瀬直樹都知事の「五千万円不正献金疑惑」で今日も沸いている議会である。
この年の瀬に、あーだこーだ、おおごとである。
年末ジャンボがこれだけ賑わっているおり、「政治の暗部」もギャンブルにならんもんか。
「♪さっいまっつジャンボ~♪汚職くじ~♪出ましたッ!
今年も出ました5千万円ッ!!
5千万円の”バチ当り~~~~”!!!」
ものすごいカーチェイスで猪瀬直樹都知事を追い詰め、(ここらへん「西部警察ね」)
「警部!こんなに汚職の現金が…っ!」
「市井の人々に還元だっ!
今年も出ました五千万円の”バチ当り”~~~!歳末ジャンボッ、汚職クジ~♪part2はT○会だよっ!」

けっこう当たる率高いと思うんだけど。

書きたいもの、書くべきもの2013年11月22日 23:13

やっと、自分が書きたいもの、自分しか書けない物がが分った。「近代日本画」画壇史と戦争下の父母の体験、キノコ雲を観た養母のこと。これは私にしか書けない。形にしなくては…

まっぴらだ!2013年05月12日 21:38

「980円のプ○センタでここまでちがうのか。」という広告を、無料サイトのPR欄でよく見かけるようになった。
モデルの顔ががふたり並んでいる。ひとりはピチピチ、ひとりは(同い年だとしたら)老け顔である。
しかし、ね、モデル同一人物をメイクの力でここまで変えたならスゴイけど、別人だったら、あたしゃ怒るよ。
方や都会のなんにもしない奥様顔、もう一方は農業や漁業で自然の中で生きてきた働き者の顔じゃないのか?
働く女の美しさを卑下する広告なんてまっぴらだね!

日曜日・ぼんやり2013年04月14日 18:29

夫・ドッコイ氏は英語検定でお出かけ、留守番ボ~。実際に彼はオーストリア大陸以外は全部旅し、どこの国でも1週間で現地語をマスターし、世界のあちこち(僻地)で英語でしゃべったり書いたりしまくっているのに、それでもまだ「点数」って必要なのかなあ…ビジネス社会の不思議。

半世紀2012年05月09日 22:02

ドッコイ氏が今日50歳になった。
ということは、4日後に私も50である。
これからは映画館の「夫婦割引」もJRの「大人の休日倶楽部」もOKである。
「人生7掛け論」じゃないが、子供の頃に抱いていた「50歳」とは手応えがまったく違う。
おまけに私は養母の介護やら・鬱病やら・脳炎やら・事故で頭打って記憶喪失1年やら、なんやらかんやらかしていて、「生きた手応え」が十年くらい欠落しているので、自分で考えるとまだ「30代」の実感である。
もちろん、携帯でメール送れないし、近頃のお若い方がお使いになる文庫版サイズのパソコンのよーなものを使えたりはしないけどね。
(すまんな、絵描きなんで親指がヤワなんだ・笑)
「半世紀生きる」というのは言葉にすると重いが、振り返ってみれば「いろいろ楽しいエピソードの積み重ね」である。
人間の脳は「辛い記憶」を忘れたり薄めたりして、その分、「楽しい・面白いエピソードをふくらませる」自浄力がある。(正式な医学用語で何と言うかは失念してしまったが)
あと4日で私は「半世紀生きるって楽しいなー♪」と実感するのだろう。
そして82年生きた母・芳子さんと、夕食の後にまた「女学生の頃のおてんば話」などするのだろう。
体験は濃縮されて経験となり輝く。
「アンチエイジング」なんていうけれど、生きて日々を積み重ねていくことは、とにかく楽しい。