おことわり2018年03月15日 02:00

此処に書いた文章はすべて
「UFO文學・須磨の浦華子」に著作権があります。
無断転載は堅くお断りします。
発覚した場合は提訴します。

いや、実際やられたんです。
人の文章を寄せ集めて、広告料で収入受けている人。

エッセイはいずれダイジェストで「UFO文學」に載ります。
(オマケエッセイ付き、挿絵付き)
それまで待って下さい。

抜刀質店

書きたいもの、書くべきもの2013年11月22日 23:13

やっと、自分が書きたいもの、自分しか書けない物がが分った。「近代日本画」画壇史と戦争下の父母の体験、キノコ雲を観た養母のこと。これは私にしか書けない。形にしなくては…

国語辞典2012年01月13日 13:58

…がないと生きて行けない。
こうしてカチャカチャやっている横に、鎮座ましましている。ページの間にコンパクト天眼鏡も挟んである。
ATOKの辞書機能だけでは全然アテにならないので、ひとつの文章を書くとき、最低3度はお世話になる。
とにかく物忘れは激しいわ世間知らずだわで、同じ所を何度もひく。
「階(きざはし)」とか「ゆくりなく」なんて、この半年で4回はひいているわ。
しまいには「何回ひいたか」だけ覚えていて、元の意味を忘れている。
そのくせ「魁・さきがけ」は漫画のタイトルで知っていたりする。でも手書きだと(今は実際ほとんど出来ないが)「魅力」の「魅」の字と間違えたりする。
なにはともあれ、やっぱり辞典は必要である。
今使っているのは岩波の「中辞典第六版」だが、先代は二版だった。しかしこの二版も、中学2年の時友人が描いてくれた「シャクトリムシのパラパラ漫画」がすみっこにあるので手放せないのである。(笑)
広辞苑は、スタジオをたたむとき、古いので古紙回収に出した。
重い物なので、地元の「文房具兼書店」で最新版を買うのと、引っ越しのタイミングとを、いま測っている真っ最中。
書店は八掛けで「利の薄い商い」なので、こういった大物は子供の頃から馴染みの店で買いたい。
本は読むわ文は書くわで、結局1日に一度も辞典をひかない日はまったくない。

私の作文は、こんなにも弱っちょろいのである。(苦笑)

この1年の作文2011年12月31日 21:03

振り返ってみると、私は必死で「作文」していたなあ。
「執筆」なんていう高尚なものじゃないの、ただの「作文」。作文よ。
でも夢中で文章を書いていた。
指のリハビリが思うように進まず、(こうしてカチャカチャやっているときも効き指がイタイ)その穴を埋めるように作文してた。
考えてみればパソコン通信の時代に、朝日新聞系ネット会社にひょんなことからセッティングされた、父(文章下手)の「エッセイコーナー」の校正係から始まって、自分でも文章を書くようになって、作文歴長いなー。(学校時代を除く)
後に自分もネットにコーナーを作ってもらい、(いまのブログ全盛期と違い、自分の文章を単独で世に公開するのは難しい時代だった)文章を書いてネットに載せる巡り合わせになって、ドッコイ氏と知り合ったのはそのご縁からだった。
ま、「パソ婚」ってやつね(笑)。よかったなあ、良い人と巡り会えて。
今はドッコイ氏もブログを持っているのだが、彼の書く文章は「理系の人」のスタイルである。
そこにときどき古典や漢文の素養が混じる。おもしろい人だ。
母は母で、日記と私との交換日記を書き、私の周りには文章を書く人だらけである。
来年も、私はたくさん「作文」するだろう。
「自分」という訳の分らんモノを現実につなぎ泊めるために。

サトウ八チロー先生2011年01月28日 22:37

しかし早熟な子供だったな、私は。

サトウ先生最晩年の孫弟子だった。
教わったのは6~12才。(進学して終わった)
作詩法は教わったけれど、作詞法を教わらなかったのが唯一の後悔である。
もっとも「曲先」の現代では(昔は「詞先」が多かった)役に立たんが。

NHKで毎週「あなたのメロディー」だったか「シャープさんフラットさん」だか、素人の作詞作曲番組があった時代である。
(「のど自慢」だけ残った。これまた昔は自作の曲を歌う人がいた。)

パソコンの発達と音楽教育の普及で、作詞作曲は望めば手近なものになった。
楽譜を読める若者のなんと多いこと!
私の時代は「オルガン教室かピアノ教室かエレクトーン教室か(金持ち順)の時代」で、「詩」はタダだったけれど「絵」を習っていたので「2つも習い事をするのは贅沢だ」と子供心に思って「オルガンを習いたい。」とは言い出せなかった。(今にして思えば言っときゃよかった・笑)

結局スラムに住む私は「楽譜の読み方」を習わないで小学校を卒業し、中学に行ったらありゃま、みんな「ピアノかバイオリンは習っていて当たり前のお嬢様学校」だったのでその深い谷間を越えられず。
音楽の授業は、一回目は「口パク」でやりすごし覚え、二回目から声を出して歌って、ペーパーテストは鉛筆転がしてやりすごし(いつも最低点)。
読譜なんてどこの世界の冷やし中華じゃ~で教育期間を終えた。

ワガママを言ってオルガンを習い、(ということはオルガンを買えってことよね)作詞法も習っときゃよかったと思ったのは大人になってからであった。
好きな詞に好きなメロディーをのせるということはなんと豊かなことだろう。

ところで作詞に関しては私は「童謡」はともかく岩谷時子さんのファンで、作曲に関しては中村八大さんのファンである。両方と言われたら中島みゆきさんをとるね。
孫弟子はこんな遠くに来ちゃいました。
サトウ先生、すみません(笑)。
私の好きな笠置シヅ子の「ホームラン・ブギ」を作詞してくれたのに。

前の文章2011年01月27日 19:58

を読んで、抜刀はどーにかしちゃったんじゃないかと思われた方。
人畜無害でゴザイマス(笑)。
一応サトウハチロー先生の孫弟子だったんですわ。
孫ともなればこんなもん。
しかし私がサトウ先生から教わったことの7割は
「野口雨情先生の悪口」でした(笑)。
祖師ともなればこんなもん。

ブログ論2011年01月27日 16:45

さしこんでくる光は遠く
足元のぬかるみも浅い
吹く風はときに強くときに弱く
大気はときに寒くときに暑い

花畑の夢を見ることもあれば
暗闇の夢を見ることもある

闇は私の見る夢だ
なぜならばいつでも
まぶたを開けば
遠くから光が差し込んできて、
命を失うほどの渇きも飢えも
感じたことはなく、
毒のことばをを吐けばこだまし、
愛のことばをつぶやけば
遠くから誰かの歌声が
つねに鼓膜のはりつめた
この耳に確かに
聴こえるのだから

もうこんなところまで来てしまった
遠くまで来たのか
歩み出したところを
ぐるぐる回りしているのか
分からない

気が狂うほどの目まぐるしさと
気が遠くなるほどの無力さの狭間で
私たちはまだ
もがいている

友よ
未来はこんなにも遠く
未来はこんなにも近い

友よ
未来はこんなにも近く

友よ
未来はこんなにも遠い

締め切り2010年11月08日 02:26

今月は珍しく絵と文章と2本締め切りあって、11月30日〆の文章の方が先に出来ちゃって、それはもう送ったからいいんだけど…
絵!漫画!同人誌です!これは印刷所に頼むには最低20ページ必要で、しかも印刷に10日かかる、と。(最速便でも丸5日)
自分ちでプリントするには、あららプリンター紙詰まりで治してくれるドッコイは外国、表紙が刷れないわー。どうしましょ。
けっこう平淡に言っているけど、実際にはおしりに火が付きまくっております!
だいたい脳炎で「描けない」人が無理して描いちゃうってところからして、むちゃくちゃ。
描いていても、「あ”-、自分の絵じゃないな、これは。」という横車押すような技術の、下手な鉄砲撃ちもろ見えで、テンション下がる一方。
しかしイベント主催の方には「23日出ます!」って言っちゃったもんな。
描く以上はよりいい結果出さないと。

ここで愚痴。
文章の方が、手に取らせるのは大変だけど、「百万の大軍が押し寄せてきた」って13文字で表現出来ちゃって楽。
絵、特に漫画は、ラスト・脳内ドーパミン出まくりで心は走っているときに一番細かくて「走れない」作業なところが苦しい。
脚本家の向田邦子さんは遅筆で有名で、最後に「四人が」と書く時間が無くて「三」に一本足したって知ったときは、
「いいなぁ~~~~~!」
って思った。
筆の走らせどころが違うんである。
だから日本のマンガ家は、プロダクションシステムとって、本人はアイディア・マン(しかもこれにもサポートが付いている)の男性作家の方が作家生命長いのよ。
水木先生ややなせ先生のような例外はもちろんいるし、浦沢直樹さんとかは、人物は自分で描いておられますが。

ま、しかしとにはかくあれ自分なりに結果出さないと。
千里のリハビリも1本の線から。
その点、「アルコール依存とホームレス生活から一度は手放した『線』を取り戻した吾妻ひでお先生」は「希望の星」です。
とにかく描かなきゃハナシは始まらないワケで、コンビニコピーでいいから、漫画描こうっと。