Jaqueline François ― 2011年03月09日 02:06
ブログ友だちのTさんはシャンソン歌手である。
で、日記にジャクリーヌ・フランソワの「あの日のパリ」の映像画面が載って、あまりのなつかしさに泣いてしまった。
高校の頃、私はこの人のファンだったのである。
当時はFMで毎週土曜日午前中ににシャンソンの番組があって、当時としては珍しい土日休みの学校に通っていた私にとって、この番組はふだんより遅い朝の目覚めの歌番組だった。
ミレイユ・マチューもフランソワーズ・アルディーもアダモもここで知った。
ジャクリーヌ・フランソワは生粋のパリっ子で、美しい甘いアルトでパリの歌を歌っていた。
「パリの屋根の下」「パリ祭」「パリのお嬢さん」「ラ・セーヌ」…
今日本で手に入る彼女のCDは「ベスト・オブ・シャンソン」みたいな寄せ集めで、単独の物はない。
で、「Jaqueline François」で甘損で検索したら出て来たので、何枚か取り寄せることにした。
2~3週かかるというから、多分本国からの輸入盤だろう。
ちょっと先のお楽しみである。
なつかしい親戚の叔母さんに再会するような気分だ。
で、日記にジャクリーヌ・フランソワの「あの日のパリ」の映像画面が載って、あまりのなつかしさに泣いてしまった。
高校の頃、私はこの人のファンだったのである。
当時はFMで毎週土曜日午前中ににシャンソンの番組があって、当時としては珍しい土日休みの学校に通っていた私にとって、この番組はふだんより遅い朝の目覚めの歌番組だった。
ミレイユ・マチューもフランソワーズ・アルディーもアダモもここで知った。
ジャクリーヌ・フランソワは生粋のパリっ子で、美しい甘いアルトでパリの歌を歌っていた。
「パリの屋根の下」「パリ祭」「パリのお嬢さん」「ラ・セーヌ」…
今日本で手に入る彼女のCDは「ベスト・オブ・シャンソン」みたいな寄せ集めで、単独の物はない。
で、「Jaqueline François」で甘損で検索したら出て来たので、何枚か取り寄せることにした。
2~3週かかるというから、多分本国からの輸入盤だろう。
ちょっと先のお楽しみである。
なつかしい親戚の叔母さんに再会するような気分だ。
ギターを持った渡り鳥 ― 2011年03月08日 19:52
ところで小林旭だが。
大人気「ギターを持った渡り鳥」の第2作は「口笛が流れる港町」である。
BGMでちょっと口笛が流れるが、誰も口笛を吹かない。
波止場は5分弱出てくるが「港町」ではない。舞台は岩石ごろごろ水蒸気もうもうのの阿蘇で、しかもありえない「鉱山」をめぐる争いである。
・・・・・
タイトル先に作っちゃったのね。
う~ん、昔の映画界はスゴイ!
大人気「ギターを持った渡り鳥」の第2作は「口笛が流れる港町」である。
BGMでちょっと口笛が流れるが、誰も口笛を吹かない。
波止場は5分弱出てくるが「港町」ではない。舞台は岩石ごろごろ水蒸気もうもうのの阿蘇で、しかもありえない「鉱山」をめぐる争いである。
・・・・・
タイトル先に作っちゃったのね。
う~ん、昔の映画界はスゴイ!
ベルマーク火事 ― 2011年03月05日 15:21
(たまにはでっかいのを鑑賞して心洗われて下さい)
「ベルマーク運動(ベルマークうんどう)とは、学校などの教育施設、公民館など生涯学習施設の教育環境整備の助成と、交通などでハンデのある僻地の学校や養護、盲、ろう学校などの特別支援学校に対する援助を組み合わせて行われる運動で、朝日新聞社創立80周年記念事業として1960年に始まった。
ベルの形は「国内外のお友達に“愛の鐘”を鳴り響かせよう」との意味合いがある。」(ウィキペディアより)
昨年は「ベルマーク運動50周年」であった、が、書きそびれてしまった。
今年51年目である。
私の女子校時代、何に人気がないと言って、体育館の観覧席の掃除当番と(高くて、冬寒くて夏暑くて、汚れやすい)「ベルマーク委員」のなり手であった。
ベルマークは今よりずっと多くの商品についていて、集める生徒も面倒なら数える委員もちみちみ作業である。
ひたすら「その家のお母さんがマメか」にかかっている。
しかし! 私の在学中、一度だけこのベルマーク集めが白熱化したことがあった。
きっかけは単純で、ベルマーク委員会が、「各学年の今月のベルマーク点数」を掲示板に貼りだしたのである。
共学校の方には分かっていただきにくいだろうが、女子校生なんて、カーッ燃えやすい火の玉みたいなもんだ。(ま、外ヅラはおしとやかなところもところどころあるが。)
最初に乗ったのはお調子者の我が75回生であった。
「いい?マヨネーズはキューピー、キャラメルは森永、ガムはロッテよ!(今はもうはずれてしまったが、当時は5ミリ四方ほどの小ささで0.5点ついていた)」
翌月、我が学年が突出したグラフが掲示板に。
「やったね!」
と想う間もなく上級生がラリーをかけてくる。
あんなに、小さなベルマークに燃えた数ヶ月もなかった。
しかし、下級生がグランドピアノを買って(これもいまははずれているが)、何万点だかたたき出したのだ。
「あー、おもしろかったね。」
消火も早い火の玉ガール達は、「振り袖火事」、じゃない「ベルマーク火事」も急速に沈静化させたのであった。
なんだったんだ、あの騒ぎは(笑)。
「ベルマーク運動(ベルマークうんどう)とは、学校などの教育施設、公民館など生涯学習施設の教育環境整備の助成と、交通などでハンデのある僻地の学校や養護、盲、ろう学校などの特別支援学校に対する援助を組み合わせて行われる運動で、朝日新聞社創立80周年記念事業として1960年に始まった。
ベルの形は「国内外のお友達に“愛の鐘”を鳴り響かせよう」との意味合いがある。」(ウィキペディアより)
昨年は「ベルマーク運動50周年」であった、が、書きそびれてしまった。
今年51年目である。
私の女子校時代、何に人気がないと言って、体育館の観覧席の掃除当番と(高くて、冬寒くて夏暑くて、汚れやすい)「ベルマーク委員」のなり手であった。
ベルマークは今よりずっと多くの商品についていて、集める生徒も面倒なら数える委員もちみちみ作業である。
ひたすら「その家のお母さんがマメか」にかかっている。
しかし! 私の在学中、一度だけこのベルマーク集めが白熱化したことがあった。
きっかけは単純で、ベルマーク委員会が、「各学年の今月のベルマーク点数」を掲示板に貼りだしたのである。
共学校の方には分かっていただきにくいだろうが、女子校生なんて、カーッ燃えやすい火の玉みたいなもんだ。(ま、外ヅラはおしとやかなところもところどころあるが。)
最初に乗ったのはお調子者の我が75回生であった。
「いい?マヨネーズはキューピー、キャラメルは森永、ガムはロッテよ!(今はもうはずれてしまったが、当時は5ミリ四方ほどの小ささで0.5点ついていた)」
翌月、我が学年が突出したグラフが掲示板に。
「やったね!」
と想う間もなく上級生がラリーをかけてくる。
あんなに、小さなベルマークに燃えた数ヶ月もなかった。
しかし、下級生がグランドピアノを買って(これもいまははずれているが)、何万点だかたたき出したのだ。
「あー、おもしろかったね。」
消火も早い火の玉ガール達は、「振り袖火事」、じゃない「ベルマーク火事」も急速に沈静化させたのであった。
なんだったんだ、あの騒ぎは(笑)。
廃船 ― 2011年03月01日 22:47
その光景を覚えている最後の世代か、私は。
今はグラスファイバー製の漁船も、昔は木造だった。
三宅島の漁港には、引き上げられた廃船が何艘か並んでいて、島の子供達はそこで遊んだ。
もちろん私も遊んだ。
港のそばには江戸時代の廃屋もあり、屋根が抜けており、黒い柱々に陽が差し込んで、美しかった。
船は、子供の体格から比べても決して大きすぎる物ではなく、これで太平洋の黒潮の流れに漕ぎ出すのかとかと思うと、少し怖かった。
あばら骨のような柱が何本も並び、それは朽ち果ててゆく恐竜の骨のようでもあった。
美しかった。
人間がまだ石油製品を手に入れる前、木造の文化は、石造の文化は、「滅び行く美しさ」を誕生したときから運命づけられていた。
「我々は美しい廃墟を持ちうるか」というのは大学に行ってから学んだことだが、21世紀の今、答えは「否」である。
私たちは、進歩しすぎた。
願わくはこの進歩を、限られた人の富の極地集中のためではなく、あまねく広く、この惑星全体の幸福のため使って欲しい。
今はグラスファイバー製の漁船も、昔は木造だった。
三宅島の漁港には、引き上げられた廃船が何艘か並んでいて、島の子供達はそこで遊んだ。
もちろん私も遊んだ。
港のそばには江戸時代の廃屋もあり、屋根が抜けており、黒い柱々に陽が差し込んで、美しかった。
船は、子供の体格から比べても決して大きすぎる物ではなく、これで太平洋の黒潮の流れに漕ぎ出すのかとかと思うと、少し怖かった。
あばら骨のような柱が何本も並び、それは朽ち果ててゆく恐竜の骨のようでもあった。
美しかった。
人間がまだ石油製品を手に入れる前、木造の文化は、石造の文化は、「滅び行く美しさ」を誕生したときから運命づけられていた。
「我々は美しい廃墟を持ちうるか」というのは大学に行ってから学んだことだが、21世紀の今、答えは「否」である。
私たちは、進歩しすぎた。
願わくはこの進歩を、限られた人の富の極地集中のためではなく、あまねく広く、この惑星全体の幸福のため使って欲しい。
「505・506号室のオリオン」 ― 2011年03月01日 04:28
オリオンがだいぶん東の空に登るようになりました。
2006年1月の文章ですが、思い入れがあるので転載してみました。
「505・506号室のオリオン」
今年は昨年に次いで3万年に一度の火星大接近の年だそうで、冬の澄んだ夜空に赤い星が美しく光っている。
宵の明星もチャーミングだし、何よりもオリオン座が素晴らしい。
ああ、まったく「冬」っていう季節はオリオンの輝きによってどれほどその魅力を増しているのだろう。
昔、びっくりするほど貧乏だった頃・・・今でも金持ちではないが、あの頃に比 べれば「夢のよう」だ。 風呂も暖房もテレビもあるし、冷蔵庫は空っぽではないし、こうしてパソコンなんてものまで持っているし。
ただ、思い出すだに貧乏だった頃、冬の大きな喜びのひとつは、働いて、疲れて深夜バスで(あるいはバスを逃して夜道を45分徒歩で)帰ってくる、ちょうどその時刻、私の暮らすオンボロ団地の、まさに私の部屋の真上の位置にオリオンがいつも輝いていた、そのことがどれほどに大きな喜びだったことか。
ポケットには何枚か、今日の稼ぎの札びらがある。 どうせ数日で淡雪のように消えてはしまうのだが、とりあえず暖かい食べ物と酒と何冊かの書物と、売れるか売れないかは分らないけれども何かを描く画材代は稼いで帰ってきたのだ。
オリオンに「ただいま」とつぶやいてから、コンクリの階段を5階のどん詰まりまでえっちらおっちら登るのは、嬉しかった。
ときどきお隣の「505号室のキムラさん」が階段の途中で飲んだくれてつぶれていた。
キムラさんは偶然にも兄貴の小学校時代の同級生のお父さんで、離婚して妻子に逃げられて借金まみれで、いろんな仕事を転々として、飲み屋のママみたいなおばちゃんと同棲してみたり、逃げられたり、雨の日に子猫を拾ってきたり、逃げられたり、また新しい借金こさえて取り立て屋から逃げ回ったり、ガスも電気も、最後は水道まで止められて(水は人間の最終必需品なので、未納から止められるまで半年以上かかるらしい)すぐそこの公園の水飲み場で、飲み水汲んだり洗濯してたり、していた。
いつも熟し過ぎた柿のような酔っぱらい特有の匂いをさせて、キムラさんは階段で丸まった猫のように眠っていて、
「キムラさ~ん、またぎますよぉ~。」
と声をかけて、よっこらせとまたいで行くと、3分くらいでごそごそ動き出して、明かりも暖もない真っ暗な505号室に、這うようにしてころげこんでゆく。
それをドアの覗き窓から確かめてから、私はそっと鍵をかける。
「どん底」とはこういうものかと思った。
その名は、ドアを荒々しく叩く取り立て屋と公共料金徴収員からしか呼ばれることもなく、昼間どこかで寒さと空腹をしのぎ、真夜中にほんのつかの間の眠りを求めてコンクリートの寒い四角い部屋へ、這いつくばって、帰る。
キムラさんと私との隔りは、向かいあったドアでわずか2メートル、金額にしてほんの札びら3~4枚ぶんポケットにあるか無しかだった。
ひとつだけ決定的な違いがあるとしたら、その頃の私には「自分の描くものによって世に出たい」という夢があり、キムラさんにはおそらくもう夢を抱き続ける気持ちすら失われてしまっていたのだろうということだ。
夢とはトランポリンのネットのようなものだ。
その1枚があるかないかで、飛び込めば暗い奈落がただ口をあけている。
私の暮らす506号室とキムラさんの暮らす505号室の上には、等しく冬の星座・オリオンが輝いていた。
私がまるで自分自身の一部のように愛しく見上げていたオリオンを、キムラさんは見上げることがあったのだろうか。
自治会のつてを頼って、民生委員の人に生活保護の相談など受けられるように話はしたのだが、いかんせん本人が昼間は逃げ回っていてつかまらないのだ、これではらちがあかない。
最終的には別れた息子さんが尋ねてきて、引き取ったようだった。
数日間の旅館詰め泊まり仕事(業界用語で「カンヅメ」という・「缶詰」ではなく「館詰」である・笑。)から帰ってきたら、505号室はカラになっていた。
その週のうちにリフォーム業者が入り、ボロボロの畳を運び出し、壁を塗って、
オリオンの季節の終る頃、新しい住人夫婦が引っ越しの挨拶にやってきた。
もう20年ちかく昔のことである。
体を損ねているようだったキムラさんは、今、生きているのだろうか、どこかで幸せに暮らしているのだろうか、そうなら良いなあ、などと、冬のオリオンを見上げるたびに、思う。
2006年1月の文章ですが、思い入れがあるので転載してみました。
「505・506号室のオリオン」
今年は昨年に次いで3万年に一度の火星大接近の年だそうで、冬の澄んだ夜空に赤い星が美しく光っている。
宵の明星もチャーミングだし、何よりもオリオン座が素晴らしい。
ああ、まったく「冬」っていう季節はオリオンの輝きによってどれほどその魅力を増しているのだろう。
昔、びっくりするほど貧乏だった頃・・・今でも金持ちではないが、あの頃に比 べれば「夢のよう」だ。 風呂も暖房もテレビもあるし、冷蔵庫は空っぽではないし、こうしてパソコンなんてものまで持っているし。
ただ、思い出すだに貧乏だった頃、冬の大きな喜びのひとつは、働いて、疲れて深夜バスで(あるいはバスを逃して夜道を45分徒歩で)帰ってくる、ちょうどその時刻、私の暮らすオンボロ団地の、まさに私の部屋の真上の位置にオリオンがいつも輝いていた、そのことがどれほどに大きな喜びだったことか。
ポケットには何枚か、今日の稼ぎの札びらがある。 どうせ数日で淡雪のように消えてはしまうのだが、とりあえず暖かい食べ物と酒と何冊かの書物と、売れるか売れないかは分らないけれども何かを描く画材代は稼いで帰ってきたのだ。
オリオンに「ただいま」とつぶやいてから、コンクリの階段を5階のどん詰まりまでえっちらおっちら登るのは、嬉しかった。
ときどきお隣の「505号室のキムラさん」が階段の途中で飲んだくれてつぶれていた。
キムラさんは偶然にも兄貴の小学校時代の同級生のお父さんで、離婚して妻子に逃げられて借金まみれで、いろんな仕事を転々として、飲み屋のママみたいなおばちゃんと同棲してみたり、逃げられたり、雨の日に子猫を拾ってきたり、逃げられたり、また新しい借金こさえて取り立て屋から逃げ回ったり、ガスも電気も、最後は水道まで止められて(水は人間の最終必需品なので、未納から止められるまで半年以上かかるらしい)すぐそこの公園の水飲み場で、飲み水汲んだり洗濯してたり、していた。
いつも熟し過ぎた柿のような酔っぱらい特有の匂いをさせて、キムラさんは階段で丸まった猫のように眠っていて、
「キムラさ~ん、またぎますよぉ~。」
と声をかけて、よっこらせとまたいで行くと、3分くらいでごそごそ動き出して、明かりも暖もない真っ暗な505号室に、這うようにしてころげこんでゆく。
それをドアの覗き窓から確かめてから、私はそっと鍵をかける。
「どん底」とはこういうものかと思った。
その名は、ドアを荒々しく叩く取り立て屋と公共料金徴収員からしか呼ばれることもなく、昼間どこかで寒さと空腹をしのぎ、真夜中にほんのつかの間の眠りを求めてコンクリートの寒い四角い部屋へ、這いつくばって、帰る。
キムラさんと私との隔りは、向かいあったドアでわずか2メートル、金額にしてほんの札びら3~4枚ぶんポケットにあるか無しかだった。
ひとつだけ決定的な違いがあるとしたら、その頃の私には「自分の描くものによって世に出たい」という夢があり、キムラさんにはおそらくもう夢を抱き続ける気持ちすら失われてしまっていたのだろうということだ。
夢とはトランポリンのネットのようなものだ。
その1枚があるかないかで、飛び込めば暗い奈落がただ口をあけている。
私の暮らす506号室とキムラさんの暮らす505号室の上には、等しく冬の星座・オリオンが輝いていた。
私がまるで自分自身の一部のように愛しく見上げていたオリオンを、キムラさんは見上げることがあったのだろうか。
自治会のつてを頼って、民生委員の人に生活保護の相談など受けられるように話はしたのだが、いかんせん本人が昼間は逃げ回っていてつかまらないのだ、これではらちがあかない。
最終的には別れた息子さんが尋ねてきて、引き取ったようだった。
数日間の旅館詰め泊まり仕事(業界用語で「カンヅメ」という・「缶詰」ではなく「館詰」である・笑。)から帰ってきたら、505号室はカラになっていた。
その週のうちにリフォーム業者が入り、ボロボロの畳を運び出し、壁を塗って、
オリオンの季節の終る頃、新しい住人夫婦が引っ越しの挨拶にやってきた。
もう20年ちかく昔のことである。
体を損ねているようだったキムラさんは、今、生きているのだろうか、どこかで幸せに暮らしているのだろうか、そうなら良いなあ、などと、冬のオリオンを見上げるたびに、思う。
「すえっ子台風」 ― 2011年02月26日 10:35
ついに1巻目だけ手に入れた。(上下2巻)。
300円。
これ甘損では4.500円が相場である。
昭和51年の出版である。講談社フレンドコミックス。
作者のあべりつこさんは、当時としては驚異的に絵が上手い。内容もいい。
確かちばてつやプロの秘蔵っ子と聞いた記憶がある。
バスケット部を中心とした青春漫画なのだが、心の機微も表情や構図構成、キャラクターの動きも、ものすごく上手い。
この人が何で埋もれてしまったか分からない。
2巻目と、「でっかいちゃんと集まれ」を探すことが目下の目標である。
「双子で片方はアンドロイド」という設定の作品もあったと思うのだがタイトルを失念してしまった。
しかし、おもしろい漫画って、時を超えておもしろいなあ。
300円。
これ甘損では4.500円が相場である。
昭和51年の出版である。講談社フレンドコミックス。
作者のあべりつこさんは、当時としては驚異的に絵が上手い。内容もいい。
確かちばてつやプロの秘蔵っ子と聞いた記憶がある。
バスケット部を中心とした青春漫画なのだが、心の機微も表情や構図構成、キャラクターの動きも、ものすごく上手い。
この人が何で埋もれてしまったか分からない。
2巻目と、「でっかいちゃんと集まれ」を探すことが目下の目標である。
「双子で片方はアンドロイド」という設定の作品もあったと思うのだがタイトルを失念してしまった。
しかし、おもしろい漫画って、時を超えておもしろいなあ。
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