愚かな転売ヤーめ!2020年06月03日 04:22

自粛中、休校になった家庭が悲鳴をあげたのが悪質転売ヤーによる「ホットケーキミックスの買い占め」。
大型スーパーなどの棚が空になっていた。
学校再開されて値崩れ起こしてザマー見ろ!である。
在庫の山に埋もれて破産してしまえ。
マスクや消毒液と違って粉モンには賞味期限があるんじゃ。

兄の始末2020年05月23日 01:23

兄を荼毘に付した。
遺体とは対面させてもらえなかった。
推定4月22日死亡・死因不明で、26日間発見されず、腐敗が進んでいたらしい。
ゴージャスな骨壺に納まった。
「いや、普通の骨壺でも…」
と言うと、
「こちらではこれが『普通』です」
とセレモニー業者。そうか、そうなのか。
「部屋の片付けをしたい」
「いや、業者に任せた方がいい」
と刑事さん。
そんなにすごい腐乱死体だったのか。
大家さんはこのようなケースに備えて保険に入っているという。
こうなりゃ手出し無用と、業者に託す。
遺された携帯電話にアドレスはなく、全てパソコンで管理していた様子。
「パソコンは手作りだよ」
と言っていたし、パスワードも分からないし、で、兄の交友関係への通知は諦める。
友達はいたようだが、記憶の彼方に消えてもらおう。

兄は遠い異国で突然死した。
そう思うしかない。

少し寂しいが、
「短くても自分の人生に満足していたのだろう」
と思わなければ、落ち着かない。
「心臓突然死」は私の遺伝の系譜だ。

業者処分で形見はなにも無い。

ただ、「私には兄がいたのだ」という記憶だけが遺産である。

兄は、確かに、そこにいた。
後ろ姿しか見られなかったけれど。

それを持ってして、良しとしよう。

兄・杉浦等・「裏」を知らないひとの悲しさ・中2020年05月20日 11:56

小学校5~6年、兄は教条主義者の担任に当たってしまった。「生徒は担任の言うことを聞いて一番」。
そこから兄は外れてしまった。しかも頭がいい。担任が
「今日の授業はここまで」
と思いもしなかったことを問う。
もはや「天才の彼」は「異分子」でしかなかった。
担任は暴君と化しヒステリックに彼を虐めた。

日に日に、顔色暗く帰宅する兄を迎えるのが辛かった。
「今日も学校でネチネチ虐められたのか…」

(ところが私は同じ担任に3年生を受け持たれているんである。成績は優の上。学級委員長。すごいえこひいき授業だった。恐ろしかった。ひとつご機嫌を損ねてしまえば大転落が見えている。なんとかして早く、この担任から外れたかった)

中学の私立受験に失敗し、市でも最低レベルの「谷底の中学に通い」兄はみるみるどん底に落ち込んでいった。
読み物は「「マルキ・ド・サド」や「毛沢東語録」「中原中也」「三島由紀夫」「永井荷風」、知性を持て余していた。
高校受験は最低の地元工業高校の、それでも「工業化学科」。卒業写真を見ると、兄以外は全員リーゼントの時代である。
恩師の計らいで昼間工業高校実験助手を務めながら、2浪して大学の夜学へ。勤労学生は、兄を含め2人しかいなかった。そこで史学を学んだ。正真正銘の「苦学生」である。

実験助手から正教員への採用試験(倍率二百倍)に受かり、生活は保障された。
だが、工業高校そのものが「コンピュータ高校に移行していった」時期である。「工業化学の先生」として生き延びるのは大変だったようだ。
最初は夜学、後に普通科の「化学教師」として、都内の高校を転々とした。労働条件は、良くは無かった。それでも年金がもらえる年齢まではなんとか勤め上げ、退職した。
年金受給までの年数、仕事をしているようだったが、いったい何の仕事なのかは母も私も知らない。

教員住宅すら、石原(バカ)都知事の「都職員を甘やかすな政策」により追い立てを食らい、近所のアパートへ引っ越している。公務員受難の時期である。(このときアパート契約の保証人に母がなったのが幸いした。電話番号が変わらなかったため、兄の家賃が振り込まれていないこと、警察と一緒に部屋へ入る承諾など不動産屋から受け取ることができたのだ。さもなければ兄の死は私たちに永遠に知らされなかっただろう)

生真面目な兄にとって、工業高校は生き辛い現場だった。
しかし、そのストレスをかわすために、兄は「いけない手」に出た。

「合法薬物の過剰摂取」である。(続く)

兄・杉浦等・「裏」を知らないひとの悲しさ・上2020年05月19日 01:01

兄、杉浦等について、覚えていることを書こう。

私の兄に対する最初の想い出は
「なんでお前なんかがいるんだ!」
という冷たい抗議のまなざしだった。
以来私は三白眼でしか兄を知らない。
父、母、祖母、三人の寵愛を受けて育った兄は
「祖母の突然の死、未熟児だった妹への両親の関わり」
で、
「自分への愛を奪うもの」
としてしか妹を認識できなかったのだ。

妹がミルクを吐いた、それが臭い、というので彼は牛乳アレルギーになった。まったく彼の幼少時の不幸は「妹が産まれてしまった」事から始まる。

私はハタチまで、この人に「遊んで貰った記憶」が1回半しかない。それも「いやいや」。
「時間はあるし、両親は留守だし、しかたない、自分がつきあってやるしかないか」
という態度であった。
(後に発見された小学生時代の日記に「午後5:45に帰宅したら妹が心配していた。驚いた」とあったのが妹に関する記載の全てである)

兄は早熟だった。実年齢4歳差どころか、さらに10年上だった。たぶん「天才」だったのだろう。こと早熟さに関しては異様な頭脳の持ち主だった。
小学校2年生の時「夏休み、図書室の本を読みたいので毎日登校させてください」と学校に交渉し、承諾を得た。
図書室の百数十冊の偉人伝を読破した。
しかしそれは彼の人生にとっては大失敗であった。

エジソンは後に財団を立ち上げ「これは」と思う案件全部に特許申請して、いざ実用的特許が出たとき「残念でした、それはエジソン財団が特許申請済みです」という「特許のバイヤー」として成り立っている。
ディズニーはスタジオシステムを立ち上げたが、労働環境改善を求めた職員がストライキを起こしたとき全員を解雇している。
しかし杉浦等は小学校2年生レベルで「世界を学んでしまった」ため、栄光のその裏を知らなかった。知ろうともしなかった。

ただ栄光へ。まっすぐに生きること。

その兄を挫折に導く事件が起きた。

「自粛警察」の根源的問題点2020年05月13日 23:12

「自粛警察」の恐ろしさは、公権力に要請される以前から
「自粛を忖度する風潮が作られ、肥大し、結果的にパブリック・エネミー(公敵)をでっちあげ、狩る」
という
「関東大震災におけるコリアン虐殺」
にまで公民の自我を無責任に暴走させてしまうかもしれない点にある。

私たちは「また聞きの情報を無責任に垂れ流さない」賢い国民のはずだ。

都合のいい情報だけにホイホイ乗せられ、身勝手に
「我こそは正義」
と信じて暴走するネトウヨや電凸に引きずられてはならない。

子供用手縫いマスクを3枚いただいたので…2020年05月05日 10:41

人生のだいぶん先輩である方から、
「子供用手縫いマスク3枚」
をいただいた。
どうやら先方は私が「子供持ち」だと勘違いなさっている様子。それに、年齢もだいぶ若く思われているらしい。
「いえ、実は授からなかったんですよ」
などととお返事差し上げるのもいかがかと思い、ありがたく頂戴した。

女の子用の、ピンクやロゼのマスクである。
小学校低学年とはいえ、「男の子」のお家へ回すのもいかがかと思われる。

小学校低学年のお嬢さんを持つ友人に、当たりをつけた。
電話をしたら快くもらってくれるとのこと。
いろいろ話を聞いた。

彼女は「親子限られた生活空間で、より正確な情報を得るにはどうしたら良いか」悩んでいた。

とにかくネットニュースはフェイクが多く、当てにならないのだという。そりゃそうだろう。フェイクや、「提灯持ち」ニュースはざらにある。
なるべくフラットな情報を手に入れたい、という。
コロナで「こもった日々」を送る中、上質なニュースを取り入れるのもひと苦労である。

彼女の住む町では、特定の「子供が喜ぶ食材」が入手困難であるとのこと。
ネットでは値段をつり上げる「転売ヤー」によって高額で取引されているそうだ。
地域の流通に健全・公平性を保つのが、今一番の問題だというのに…

「娘と一緒にベランダ園芸やってます」
とのことだったので、「サラダ野菜7種混合」と「二十日大根3種混合」の種も、余分があったのでマスクといっしょに送る。芽が出た時点から間引いて食べられるもの。

その後街道筋のドラッグストアに行ったら、なるほど彼女が言っていた食材の棚は空っぽであった。
ネットに暗躍する「転売ヤー」よ、賞味期限切れの在庫大量に埋もれて破産してしまうがいい、愚か者めが!

世界の「彩」が…2020年05月01日 07:21

各地を巡回するサーカス団は、今どうかな?と考える。
サーカス芸人さんは「危険を伴う職業」だから、郵便局の簡易保険しか入れなかった。
身体的保険はあっても、失業保険はない。
巡回自粛の今、どうしているのだろう?

旅回り劇団、ネイリスト、ヨガ・ジムのインストラクター、美術・ 音楽・舞台関係者…
…みんな「自由契約」のはず…
…世界から「彩」が消滅してしまう…

「世帯主」の正体は?2020年04月22日 00:51

ひとり十万円、世帯主に書類送付っていったって…

日本の「家庭・家族」はものすごい勢いで変わりつつある。

DVや児童虐待で「シェルター」に身を寄せている妻や子供の立場は?

暴力振るう夫や、再婚相手の父親と盲従する母親に、十万円は渡ってしまうのか?

大震災後の「お金」は
「夫が飲んだくれでDV」
で、妻は自分の口座はおろか、小さい町なので
「自分の口座開設用の『はんこ』買っただけでウワサになってしまうことを恐れて」
結局妻子には現金は渡らず
「夫のパチンコ代とタバコと酒に消えた」
というケースも少なくなかったというぞ。

ホームレスや、都内だけで4千人いるという「ネットカフェで寝起きする労働者」はどうなるのかな?

現実を把握しないで紙の上だけで物事を決めると、必ずどこかに「穴」があるのである。

今だからもう一度言うぞ、女性有権者たちよ!2020年04月06日 02:25

 日本の女性が投票する権利、すなわち「有権者としての権利」を獲得したのは、やっと戦後のことである。(アメリカは今年婦人参政権百周年にあたる)
 昭和20年8月に、あの愚かしい「太平洋戦争」が終結するまで、日本女性は「B級国民」だった。
「産めよ増やせよ」で、玉砕や空襲でどんどん減っちゃう日本の人口を、子供いっぱい産んで育てなさい、それが日本女性の勤めですと、国家から言われたもんだ。
 投票権もないし、夫婦の浮気だって、男はお妾さん(愛人)を持つのが「男の甲斐性」ともてはやされ、女の浮気や、家が決めた夫婦関係から目覚めた自由恋愛は、刑法で「姦通罪」に問われた。
 財産の相続も、当然女性に不利だったし、子供を抱えて未亡人(古い言葉だねこれも…「未だ亡くならない人」だってよ)になった場合、「家を継ぐために弟と結婚しろ、イヤなら子供をおいて実家に帰り『出戻り』として人生再スタートしろ」と舅・姑から宣言されたものだ。

 私の祖母、杉浦静は、平和主義者で平等主義者だったので、戦中、人口密集地「東京下町の商店街のおかみさん」だったのが、地域に乱れを起こさないための見せしめとして「天皇陛下の名の下に」特高警察に「非国民」の烙印を押され、追われて、死んだ。

 戦後の償いなど何もない。女であるから、非国民だから、平和主義者は、殺されてもその無念を歴史に刻まれることはなかった。

 私は、そんな祖母のひとり息子の父と、戦前東京23区の、めずらしく土地持ちの裕福な家に育ち、間引き疎開から焼け出されては転居すること3回、しまいにはもう住むところがなくて「焼け残った銭湯の石炭小屋」で両親兄弟肩寄せ合って生き延びた母によって、育てられた。
 だから、新聞やニュースによる情報を積極的に取り入れ、投票日には投票所へ行くふたりの背中を、当たり前に見て育った。

 しかし。ビックリしたのだが。同世代、後輩、投票には「当たり前に行かない」者が大多数だったのである。

 私が働いた少女漫画家のスタジオでは「投票日は遅刻・中抜けを認めます、さあ投票所に行ってらっしゃい!」という、優れたジェンダー学者でもある漫画家「ぬまじりよしみ」さんによって、投票は励行されていた。
(その頃少女漫画家大御所のスタジオは「1ヶ月タコ部屋」が当たり前で、「少女漫画家志望者」のアシスタントたちは「投票?何それ?」状態でハイティーンからミドルティーンまでを過ごしているのが現状だった。当時の少女漫画家及び予備軍は、大いなる「ノンポリ集団」であった)

 しかし「さあ、投票に行ってらっしゃい」というスタジオでサブアシスタントのSちゃんは、絶対行こうとしなかった。
「だって、私の一票なんかで、日本という国が変わるはずないもの」というのが、彼女の主張だった。それならば日銭稼いだ方がいいと。
 彼女は「胎内被曝2世」で被爆者手帳を持っていた。
「大いなる諦め」がそこにはあり、周囲も何も言えなかった。
彼女(大学の後輩だったのだが)は6年生になって、他の単位は足りているのに卒業論文を書こうとせず、中退した。
「奨学金」を踏み倒そうとした彼女に、後に夫となる婚約者が
「きれいな身になって、結婚しようね。どんな貧しい式でもかまわないから、ね」
と言ってくれ、奨学金を精算させたのはアッパレだった。
私はせめてもの結婚祝いに、と、地方の式場で「司会」を務めた。

 Sちゃんの夫は故郷の企業に勤めた。そこは地元の代議士さんと密接に結びついている、社長にお中元・お歳暮を貢いで当たり前、という前時代的なところであった。
 企業の「夏祭り」「代議士先生を囲む婦人の会」ともなると、美人で声が綺麗で人当たりの良いSちゃんには動員がかかり、ハイハイと出かけていって社長や先生のお隣で写真に納まり返らなければ、有能な夫といえどもクビである。
 その後夫は思うところあってその会社を辞め、今単身赴任、Sちゃんはしゃかりきに働いて娘3人を育て上げ、長女を東京の国立ナンバーワン大学に進学させて、さて、投票に行っているのかいないのか?

 「投票は国民の『権利』」というのは、国家の上成す者の立場から言って、である。
国民にとっては「投票は『国民同士の義務』」であり、それを「積極的に棄権」ではなく「なんとなく、なんとかなるだろうから、自分の票なんか『焼け石に水さ…』とほざいて放棄する者」は、国民として裏切り者である。国民としての「つとめ」を勝手に捨てて、それでも「日本国民でございます」とパスポート取って海外へ旅行して「イエス、アイアム、ジャパニーズ」とか言っている。お気楽なもんである。

 漫画家「ぬまじりよしみ」さんはアッパレだった。あるお昼時間、談笑タイムになって、Sちゃんが
「でも、しょせん今の政府は…」
と言いかけたとき
「お黙んなさい。投票に行かないあなたに、今の政府を云々する権利はないわ」
と断言したのである。(「ぬまじりよしみ」さんに関してはWikipediaやmixiなどでも取り上げられ、今現在Amazonで著作物の多くが入手可能なので、興味ある方はお調べ下さい)

 後に私は(プロだけど)アマチュア活動や、そのファンの女の子達の集団に「おばちゃんだけど、ごめんなさい混ぜてね」と参加するようになった時期がある。
 そこで、お茶会や飲み会の席で(なんせ雰囲気を読んでさりげなく主張するのは小学校から万年クラス委員長だった者の才覚であるので)
「女性こそ投票に行きましょうよ、どこの政党支持でもいいの、国民として投票所に足を運びましょう!」
と年下のお嬢さん(とはいえハタチ過ぎ)に啓蒙運動をしたわけだが。

「生まれて初めて投票所行きましたー!」
「それはエライエライ!」
「で、カッコいいから〇〇に投票しました、だって美人だし頭良さそうだし!」
「(オイオイ、それは極右の女だぞー!)」
「スクールドラマが好きだったんで、元女優の〇〇に投票しました、だって『スケバン役』だったから世の中斜めに見ることができるんじゃないかなーって!」
「(それは大きな右政党の『情婦役』だぞ、玄関先でチンピラに『おだまり!』って言うときのドスが効いているんだー)」

 でも、新聞読まないから選挙公報も目にしない、NHKの立候補演説もテレビ見ないで、スマホで、イイトコ取りの情報しか「つまみ読み」しなくて、それで
「社会全般に私は関わっている、ああ、私ってイイ女性日本国民!」
って、世間に知ったかぶりこいている女の子(もはや年は「子」どころではないが、いつまでたっても「私は女の子」のままである)に、
「いやいや、もっと深く世の中を知ろうとしたら、だね…」
とその先を示そうにも、
「貧乏子だくさんで、新聞代も受信料も払えません、私の世界はスマホとウワサ話だけです!」
と開き直られてしまう。やれやれ…

携帯大手が料金3ヶ月延滞を認めたのは、コロナショックで「情報遮断された愚衆」が暴動を起こさないためであり、当然「お国の依頼」によって、である。

 さて、次の総選挙、日本はどっち向くのか、18才からの若い投票層、もう最後かも知れないから「一票言いたいこと言わせて貰うぞ」の高齢者層、フリーランス、そしてなにより女性票がどう動くか、見物である。

ふぅ、やれやれ…

なぜ「やまゆり園」から文明を説いたか2020年04月01日 03:05

 私は、分析者としてはかなり穿った「冷たい刃(やいば)」の持ち主だと自分で思いますが、思索の面においては「かなり熱い」のではないかな、と最近考えるようになりました。若い頃の自己確立のとき傍らにあったのが「萩尾望都」だったり、経験論哲学の「森有正」だったりしたのが根幹を成している、その延長線上に自分なりの人生のルールを築こうとしてきたから、ではないかなと、自分自身を振り返って感じます。
 考えることは、人生において「ぼーっとする=無駄な時間」ではありません。ぼーっとするからこそ、内面が深く掘り下げられるのです。
 1日の経験を通貨換算して「プラスマイナス」で幸福度を決定してしまう、「よく消費した、あるいは効率よく消費した1日=よい1日だった」と、金額換算して自分の幸福度を決定し続けることほど空しいことはありません。
 現在日本に見られる、キャッシュレスで「スマホで買い物して、スマホの機能で家計簿つけて」、それで「効率的な1日」を追求してしまう、人生をデータ化してしまうことの危険性は、文明の衰退期だからこそ大きいのです。

 「人生」は誰にとっても「物語」であるべきです。誰もが人生における「主役」であり「演出家」です。それは、どのような身体・精神・知的障がい者にとっても同等なことである、と私は考えます。だから「やまゆり園」の事件に立ち止まり、宮城まり子さんに思い致すのです。

 若い頃の私は、あまりにも貧しくて、自分自身の収入と消費の分析のために「エンゲル係数」まで計算していました。それは「漫画家」というフリーランスの人生を歩むために、絶対必要な「試練期」でした。
 しかし今現在の私は、経済的には困難ですが、エンゲル係数を計算しようとは思いません。信頼と経験の上で消費活動し、割引のパーセンテージは必要以上に求めないのです。「投げ売り名物のスーパー」に足を運ぶことは、意図して避けています。「今日一日で何円節約したか=一日の達成度」に換算してしまうことが、巨大資本主義産業・消費機構の日本において「危険」だと感じるからです。 
 コマーシャルでは「ペイ、ペイ!」と目先の割引率」が喧伝され、それに乗らない者は人生で損をしているよ、と、あざ笑うような風潮が見られますが、そんなもの「与党と経済関係者・金融関係者が勝手にでっち上げてマスコミに乗せたた『期限付き』の、『まやかしの幸福』」でしかありません。
 健全な消費は自己管理の延長線上に成立するもので、その「自己」とは「血の通った、思索する、そして自分自身の人生に『物語』を求める・一個人」です。
 
 確かに、ローンや育児を抱え、効率優先で目端の1円にこだわらなければならない時期も、誰の人生にも起こりうるものです。
 しかし、世界的共依存生産体系に生きる私たちですから流通の確保はもちろん大切ですが、自分の生活地域で生産・消費し、楽しみ尽くすことこそ、地理的に特殊な「人口の密な島国・日本」に生きる人間として、求められることではないでしょうか。
 地域に生活し、流通システムを健全・公平に維持し、その土地での経験を基として模索し、消費し、生活を営む。その健全性こそが、これからの、困難期の私たちに求められていると思います。