情景2020年05月07日 07:40

薄緑色の乳母車(今のベビーカーと違って対面式)に乗せられてわたしは母を見上げている。

母の片手にあずきミルク色の日傘、その遠くにけやき並木からちらちらもれる木漏れ日。

カラカラと車輪の回る音、母がなにか優しく話しかける声。

「准・戒厳令2日目」雪です。2020年03月29日 13:15

さて、『准・戒厳令」2日目の日曜日。
私の住む町は雪です。
窓の外、銀世界、まだ降りやまぬ。

ふと思いだす出す…

そう、まるで「2・26」の日。

これで空にアドバルーンが上がっていればカンペキ!

「蕎麦屋のカレー」を作ってみる2020年03月19日 21:12

以前スーパーで「和風カレーのルー」というものを売っていた。
(今でもあるのかもしれないが、私の行くスーパーでは見ない)
昔懐かし「蕎麦屋」で出てくるライスカレー、カレー丼、カレーうどんの味、和風だしに、具は長ネギと豚コマ。

カレー粉大缶買ったし、冷蔵庫に具もあるし、ふと思い立って作ってみた。

豚コマをひらひらと広げ、カレー粉と日本酒をふる。
なじんだな、というところでテフロンの鍋に油を少々、豚コマを炒める。
日本酒と水を投入、見当は「3人前」である。
煮え立ったらアクをすくい、カレー粉を「この辛さなら」というところまで投入(西洋カレーと違って小麦粉と一緒に炒める必要がないので、後入れOKである。
そばつゆを(ウチはにんべんのつゆの素)おたまいっぱい入れる。
風味と塩気が足りないので醤油をたらす。
長ネギの、スープの下にしちゃうような青いところからどんどん斜め切り半本、しめじひとつかみを投入。
くたっとなったら水溶き片栗粉で「ゆるめのトロ味」をつける。
彩りが足りないので「くこの実」バラバラ。

はい、出来上がり!

カレーうどんにもかけるので、西洋カレーより塩気薄く、とろ味も「ちょっとゆるいかな?」位でよい。

カレー粉もクコの実も長ネギもきのこも「薬膳」である。

バターや隠し味のチョコレート、チーズやヨーグルトなどの「西洋カレー」はハイカロリーだが、こちらはローで、体に優しい。
お試しあれ、片手間にチョイチョイのパ!です。

そしてみんな回ってこなくなったんじゃ2016年01月25日 04:03

「ハンセン病隔離施設」だった瀬戸内海の長島愛生園は近接する邑久光明園(おくこうみょうえん)とともに、ハンセン病療養所に残る隔離政策下の歴史的建造物を世界遺産に登録すべく活動を始めた。

養母は明治40年四国生まれ。
子供の頃はお遍路宿の呼び込みなどやったそうだが・・・

「普通のお遍路さんは首からふたつ袋を提げて、
『麦ですかお米ですか』
というて回っとった。
中には破産して四国に渡って来たらしい人もおった。
回り続けている限り、食事と宿は保証されとるから。

その中でな・・・

『らい(ハンセン病)』の人たちもおったんじゃ・・・
脚がひざまでしかない人、指のない人、鼻のない人、助けおうて回っておった。
宿には泊まらず納屋の軒先なんぞを借りて寝起きしとったよ。

それがな、ある日からぱたりと来なくなった。
村や町の入り口に保健の役人がまちかまえておってな

『これからはもう辛い遍路巡りをしなくても、
食べるものも寝るところもみんなお国がしてくれる』
というてな

ひとり残らず連れて行ってしまったんじゃ・・・」


20以上年たっても忘れられない、深いため息。

日本では杉原千畝が有名だが2015年12月05日 20:42

中華民国には駐ウイーン大使の何鳳山、満州国には在ベルリン公使の王替夫、トルコには在ロドス島大使のセラハッティン・ウルクメン、ポルトガルには在ボルドー大使のアリスティデス・デ・ソウザ・メンデスがいて、みんなユダヤ人に「命のビザ」を出してたと知る。
外交官の良心。

ハイジ2015年06月30日 21:51

「アルプスの少女ハイジ」のアニメを立て続け見ている。
本放映’74の時は父の「クラシック鑑賞タイム」と重なって見られなかったもの。
どうしてクラシックマニアというのはこう頑固なのだろう。
家族は1台きりの小さなテレビを観せてもらえなかった。
まだ父権の強かった時代である。
「ハイジ」はリアルタイムで観ておけばよかったなあ、と思うアニメの一つ。
「未来少年コナン」はラッキーにも観れたけれど「ハイジ」は空白である。

少年2015年06月27日 07:28

うなじの細い青年だった。声も高く、まだ「少年」と言っていい位。
ただ、バスに乗るとき、真っ先に
「☆☆町の『○○建設』に就職の面接に行くんだ、時間までに着くか?」
と運転手に聞いた。
中学校は出ているのだろう。
しかし一番前の席、彼の挙動は落ち着きがない。
絶えず手首をフラフラさせたり、頭をユラユラさせたりしている。
「面接がそんなプレッシャーなのだろうか?」
しかし落ち着かない。

☆☆町が近くなると、彼はしきりに運転手に
「○○建設はどこだ」と繰り返し聴くようになった。
バス停すぐである。
「来た道をちょっと戻って、信号渡って、十字路を左に折れる、そこのビル」
と何度聞いても覚えられないようで、質問を繰り返す。
バス席の中に奇妙な緊張感が漂った。
☆☆町のバス停。
彼はもう一度道順を聞いて、両替してバス賃を払った。
10円玉が1枚後ろに転げた。
ひどくあぶなげな態度で彼はコインを追いかけ拾った。
立ち上がった彼の、開いた口元。
歯が乱杭であちこち黒く溶けている。

ああ、末期シンナー中毒。

バス全体に、声にもならぬ低いうなりが走った。
彼はたぶん採用されないだろう。
というか、もと来た道をたどれるのか?
面接の口をきいてくれた人が入るのだ、たぶん親は健在だろう。
しかし、脳をとろかすほどの薬物依存者に就く職はない。

どこからシンナーの誘いを受けたのだろう。
どうして、こうなるまで放っておかれたのだろう。
少年(青年)の来し方行く末を想い、ため息をついた。

もう15年も昔のことだが、
彼が今幸せでいるか、
ふ、と
思い出すときがある。

しょせん人の子2015年06月26日 22:36

「ナポレオンは3時間しか眠らなかった」というのは間違いらしい。
執事の記録によると彼はしょっちゅう「昼寝」しており、トータルは8時間ほど。
ただ単に睡眠障害で「長く眠れなかった」ということらしい。
ナポレオンとて、「しょせん人の子」である。

永田鉄山2015年06月20日 23:01

それにしても「永田鉄山が暗殺されなかったら太平洋戦争は回避できたのではないか?」とゆー話題で盛り上がる夫婦って…

昔のレコードから・22015年04月11日 23:42

もう1枚復元可能だったのは「馬」。

お馬はどうどう、白((ん)馬黒(ん)馬、白(ん)馬黒(ん)馬、
並んで通る列して通る
アオも並んで勇んで通る。
ちょっとよく分からないが、これ軍馬の歌。
「アオ」は昨日まで愛馬ったが
お国のために軍馬になるんである。
その別れの歌。

「わ~ら~にまみれてよ~育てた栗毛~」
の世界である。
三橋三智也、あなたは天才だ。

「軍馬」の時代がもう来ませんように。