跨線橋の下のおじさん2015年11月05日 00:29

そのおじさんはこざっぱりした身なりをしていた。
しかし、冬の初めの午後1時、川と遊歩道をまたぐ跨線橋の下である。
悪くはない身なりだ、ヒゲも1〜2晩伸びたふう。大きな鞄をかかえて、段ボールを敷いて、日差しの中、ぽかん、とコンクリに背をもたれて座っていた。
心ここにあらず。

「あー、新人ホームレスさんだ」
と私は直感した。
何しろその頃私は駅近辺のホームレスさんを把握し、ホカロンやらポケットテッシュやら、なんやらかんやら配って回る「ひとりボランティア」だったのだ。
町中にホームレスがあふれていた、あのころである。

「おじさん、お金あるの?」
私は訪ねた。ズバッというのにかぎるのよ、こういうことは。
「・・・…お金は・・・・ある・・・・・」
かなりいい職に着いていたのが定年離婚か何かで、ホームレス入門、といった感じだ。(ホームレス歴も長くなると「お金はない」と言うものだ)
「なんでこんなとこにいるの?駅前にいかないの?」
「駅前にいたら警官にここへくるように言われた」
しかし駅から1・5キロ、水道もトイレもない。
景観の邪魔だから体よくおっぱらわれたってわけね。
「おまわりさんの言うことを聞く人は良い人です」っていうのね。

私は毎日歩いて駅前に行っていた。
本屋巡りと画材屋と、買い物。
決して裕福ではないのでバス賃往復380円の節約のために、1日往復7キロ歩いていたのだ。
私は駆け出しの漫画家で、「描くこと」と「世界を知ること」に夢中だった。

街へ出て買い物をした。
戻るとおじさんが、傾いた日差しの中で、あいかわらずぽかんとしている。
「おじさん、貼るホカロンいる?」
「いる」
「ポケットティッシュ、いる?」
「いる」
「おにぎり、いる?シャケとたらこ」(食べ物、というのが境界線である、「めぐんでもらう」になる)
「いる」
「ペットボトルのお茶、いる?」
「いる」
「フリーサイズの毛糸の手袋、いる?」
「いる」
「毛糸の帽子、いる?」
「それはいい」
あちゃー、冬は頭暖かくしてると風邪引かないんだけどな、ま、いっか。
私は毛糸の帽子をぽんとかぶって(値札は外してもらってある、手袋も)
「じゃ、さよなら」
と歩き出した。
「・・・・・」
ありがとうの声もなかった。

そんなおじさんだった。
2〜3日たったら姿が消えていた。駅前にもいなかった。
お金が尽きるまではホテル暮らしを決めたか、郷里にすがったか。
ま、ホームレスとしては甘っちょろい消え方だった。
冬が近づくと思い出す。

上背のある、やんごとなきハンサムなおじさんだった。
しかしその「ハンサム」には「苦労知らずの一流企業」の甘さも見て取れた。

いまは、あんな、ぽかんとした顔して、全財産もって日差しの中座り込んでいる人、いない。