今年もよろしくお願いします2010年01月01日 00:14

ハイ、新年でございます。
ここをご覧のみなさま、今年もよい1年でありますように。

昨年は、父が逝き悲しかったけれど、なんだか密度の濃ゆ〜い1年でした。
大晦日になっていきなり「帰って聞いた抜刀質店」更新できたし。(我ながら遅いなぁ。それにMac党以外には意味ないこと書いてない気がする。)
http://www.ne.jp/asahi/battoh/7ten/index.html

昨夜は母の家で晩ご飯&紅白歌合戦!もちろんもうすぐ80の芳子さんイチオシの福山雅治さんをみんなで観るためさ!芳子さん曰く
「カッコ良すぎて困るわ♪」
母よ。貴女って純情〜(笑)。
グラバー亭の上空に飛行船カメラ飛ばすNHKもすごいけど、なんで福山さんの出身地とはいえ長崎中継?と思ったら、小林さっちゃんの「衣装」(セットではナイ)を撤収するためだったのね。
さっちゃんついに奈良東大寺と化す。(大笑い)あの手でくるとは思わなんだ。

で、帰宅して、ドッコイは「もらったテレビ」と「DVDプレイヤー」と「今日ヨドバシで買ってきたコード類」と戦って、残りの紅白のトリには間に合いました。
しかしすごいぞ地デジ。顔のシワまでくっきり。あんまり映りすぎるのも困るんですが。
舞台背景のデジタル映像がここまで発達しちゃうと、むしろさっちゃんの巨大衣装は、もはや「アナログの王道」と申せましょう。

ところでドッコイに本日
「あなたの書くものはコアだから。」
と言われて沈黙。そんなこと考えたこともなかった・・・・

今年も濃ゆいんでしょうか、私?(笑)

とりあえずお正月は「木村伊兵衛写真展」と「鏑木清方展」を見に行く予定。
その前にタイヤ替えに(大晦日、ドッコイがガシッとやっちゃいました)車屋さんに行かにゃ。年末妙な予感がして銀行でお金おろしといて良かったです。
というか、これは「新春の予知」でしょうか。
初夢が心配でございます。

未完の幸運2010年01月03日 17:59

昔は何かにつけ腸に来る体質だったのが、10年くらい前から「胃」に来るようになった。で、いきなり正月2日目には心臓と頭痛、3日には原因不明の吐き気と胃痛の嵐。不健康な年明けだなぁ、トホホ・・・。
体格は太いが、体質は細い柳のようにヒョロヘニャしている私である。
今年も体に気をつけにゃ。体力つけにゃ。

昨年は喪中で、今年はお正月飾りも年賀状もなし。
新春吉例「隅田川七福神巡り」もなしなんであるが。
ってことはなんですかい、昨年長命寺(技芸天)でひいた「大吉」は今年も継続ってことかしらん?(それはそれでラッキー!)
万福寺(金運)でも大吉で、「福銭」もらってたし。
こーゆーもんは、ちゃっかりいい方に解釈するに限る。

未完の幸運。

父の遺してくれたものとして、受け止めてこの1年を生きよう。

歯っ欠け新年2010年01月04日 18:43

だいたい
「仮歯ですからね。お雑煮には気をつけてください、すぐ取れちゃいますから。」
と年末最後に歯科医に念押しされたのに、その直後によりにもよって「明治サイコロキャラメル」をスーパーで発見して
「あ〜、まだ売ってるんだ、なつかし〜♪」
と、買って食らう私が悪い。
大晦日、一発で取れました、前歯。
年末年始、食事のたびに金属の芯から外して、食事が終わったらまたつけて。
なんせ昔のコントみたいに、もろ前歯のあるところ「黒」なのだからして。

で、新年一番行ってきました、歯医者。
まだ新しい義歯は出来ていないので、前の部分、歯ぐきもこみで富士山のすそののように一面「白い歯の素」がびろ〜んと広がっております(笑)。固められちゃいました。
歯っ欠けの黒も笑えるが、「歯だらけの白い歯ぐき」は「笑えて・かつ不気味」。
一挙両得なのでございます。
こーゆーときに、めげず落ち込まず
「もうけた!」
と思うのが、私の長所んなんだか短所なんだか自分でもわからんところ。
今年も、というか、一生このパターンでいくんだろうなー。
日々是好日。

眠れない!2010年01月05日 05:03

ものすごく強い睡眠導入剤と睡眠薬を飲んでいる。
が、眠れない。
生活が不規則なせいである。

夫・ドッコイは終バスで午前様で帰ってきて、夜2時半に寝床に入る。一緒に寝る。
5時半に最初のベルが鳴る。
朝ご飯とお弁当(冬場は2食、午と夕)をこしらえる。
送り出してまた眠って、起きるのはだいたい午後の1時である。
たまに5時半に起きそびれると2時〜3時くらいまで泥睡。
その日の体調によって違うので、宅急便も医者の予約も人に会う約束も、午前中はパスである。私の1日は、午後1時から始まる。

しかもドッコイは年の内半分はアフリカ行ったり中南米行ったり、細切れであちこち飛び回っているので時差がものすごい。メールでもやり取りは出来るが、生の声も聴きたいし、現在家を建てる前の土地問題でスッタモンダなので(横浜市が測量ミスを50年間放ったらかしにしてくれたおかげである)、体内時計はしっちゃかめっちゃかである。眠れるときに眠っておかないと、で、うんと眠る。腰痛が起きるほど眠る。
体の関節どこかしらが、いつもギクポキ鳴っている。
筒井康隆のショートショート「関節話法」並である(笑)。

不健康だなあとは思いつつ、あなたが眠っている今、私は起きている。

料(りょう)る人2010年01月06日 14:29

(写真は私が今まで見たなかで一番スペシャルな大根・笑)

一本の大根を買ってきて
「さあ、これをどう料るかな。」
とまな板の前で腕組みをするひとときが、主婦だけに許された醍醐味なのかもしれない。
葉は青々として新鮮だから刻んでひと塩して絞ってアクを抜いて、白いとこ4分の1を短冊切りにして、いろどりににんじんも添えて塩してあえて、2〜3日食べられる「大阪漬け」にしよう。ふっくらしたところは筒切り面取り隠し包丁を十文字に入れて「ふろふき大根」。いちょう切りにして豚汁にも使って、残りの4分の1は千切りにしてひと塩してからよく絞って、帆立の缶詰(もちろん安いほぐし実を)缶汁ごと、あとマヨネーズもあえて、プチトマトとパプリカとブロッコリーをあしらって大根のサラダ。いや、ぶり大根もいいかな。残りはおろして「シラスかなめたけで、朝一品作れるな〜。」などと考えてゆく。

故・向田邦子さんは、生涯独身だったが、食いしん坊で、沢山のお客(プロデューサーとか俳優さんとか)をもてなすためにオリジナルレシピをいっぱい作り、妹さんに「ままや」という料理屋まで持たせた。
彼女は売れっ子の30代の頃(まだ「コンビニ個食」の無い時代)「どんなに忙しくても、フライパンからじかにソーセージを食べたりはすまい。」と決心したという。とにかく売れっ子脚本家で、「四人」の「四」を書く時間がなくて「三人」の「三」に横棒一本足した、というほどの人が、である。

それぞれの料理が皿に盛った姿で目に浮かんで、おいしそうに食べてくれる家族の笑顔が嬉しい。
実際には食べ残したり、使い切れずに冷蔵庫の中で干からびさせちゃったりもするのではあるが、それを今は考えずに、空想を味わう台所というのはまさに「料る人の聖域」である。

ふと、思ったこと2010年01月09日 12:34

オバマ大統領って「L .L .Bean」のカタログ・モデルに出てきたら、すっごく売れると思う。「Eddibauer」でもいいけど。
マイケル・ジャクソンじゃ細すぎて、タレント体型&タレント顔でダメなの。

オバマさん、アメリカ本国の失業率10%(ということは2千万人じゃん!)で支持率68%から50%に落ちて大変だろうけど頑張ってね。

・・・・などと、チェコでの「核なき世界演説」CDを聴いて思った。もちろん対訳ガイド読みながら。上手いなあ。
でも、ただの「演説上手」で終わっては困るのだ。

困難なのは日本もアジアもアメリカもヨーロッパも、世界中同じである。
この、悪い方へと一緒にどろどろ流れ落ちようとする流動膠着状態を打破する人、それが「政治家」だろう。

写真は何の関係もなく「竹久夢二メモ帳」。
雪が降っても寄り添って、温めあえる世界が来ると良いね。

インフルエンザにフランス語2010年01月10日 00:07

英国人にはアメリカ英語が、「東京人が聴いた名古屋弁」みたいに聞こえるという。
「『みゃあみゃあ』している」らしい。

初めて学校で教わった頃の「英語」はブリティッシュで、私はセサミっ子だったので「20」を「トウェニィ」といったら「トゥエンティ」に直された。今の子供は学校で、英語を教わっているのか米語を教わっているのか、ご存じの方がいらしたらお教え下さい。

英語ではなくフランス語を選択したのだが、結局どっちも「まーーーったく!」ものにならなかった。(語学の学習能力が欠如しているのだ。)
母校最後のフランス語生である。生徒は私ひとり。ひとりの生徒にひとりの教員をつけてくれた母校はエライと思うが、彼女の留学先がマルセイユ大学だったので困った。
ラ(R)行が全部重くて「ガギグゲゴ」、「フランス・パリ・ギャルソン」が「フガンス・パギ・ギャグソン」になっちゃうんである。
毎朝聞いているラジオフランス語講座とまるで違った。

しかも個人教室で教わっていた先生は戦後間もない頃の「日本大使のお嬢さん」で、ソルボンヌ大学卒の完全なパリ弁であった。
ラ(R)行の発音が全部軽くて「ハヒフヘホ」、「フハンス・パヒ・ギャフソン」である。

この二人の先生に教わった後、大学で外国人の先生のフランス語を選択したら、ものすごくきれいな発音で(NHKのフランス語講座みたい)聞いたら12才の時にポーランドからフランスに亡命した方だった。ありゃま。

ああ、標準語はいずこ。

「R」の発音が、フランス語最大のネックだというが、まったくね、これじゃね。

リヨンだったかロレーヌだったか、どこだかが、一応「もっともきれいなフランス語なので「外国人に教えるときはコレでいこう」ということになっていると聞いた覚えがあるが、ま、「R」の発音は「軽くうがいをするように」がイイらしい。
水で実行すればインフルエンザ対策にもなります(笑)。

追伸:手を洗うのも忘れずに。

あら更年期2010年01月11日 07:19

どうやら来たらしい。年々早まっては居るそうだが、早いなあ、母は50代後半というから十年差である。
いらんところでほてったり、いらんところで冷えたりしている。
体重がひと晩で3キロ増えて、さすがにこれには驚いた。むくみとかあるらしい。
私は元々の体型がどすこい型なので、これでははけるジーンズがなくなってしまうではないか!お手洗いも近いし、困ったぞ。
とりあえず「煎った銀杏のオリーブオイル漬け」など自衛策で食べている。
元はちょいとした酒の肴に作っていたのであるが、呑まなくなったので「食べる薬」になってしまった。「更年期さま」の前には風流もへったくれも無くなってしまうのだろうか?

とぼやきつつ、六本木のサントリー美術館に、美人画で知られた「鏑木清方展」を観に行ったのであるが、ここ、展示にもよるんですが、めずらしい「和服割引」があるんですわ。(茶室もある。)で、なんか客層が年寄りでもなく若くもなく、で人生の十年くらい先輩の和服姿の女性がやたら多かった。
「ああ、あの人も更年期、この人も更年期、でも和服をきりりと着こなすにゃ年期いるからね。」
と思いながら回っていた。
場所は「もと防衛庁の跡地」のでっかいビルで、迷子体質の私は案の定迷ったぞ(笑)。めずらしい「葉巻専門店」なんかもあって、眼福、眼福。
デリカテッセンで生ハムやサーモン、ドライトマトのオリーブオイル漬けにコーヒーを買って、持って行ったパンといっしょに、車の中で午ご飯を食べたのだが、美味しかった。
ドライトマトはね、ハマるね、これは。
帰宅してからさっそくレシピを調べたりしていたもんね。
ああ、こんなことしてるから体重増加に拍車がかかってしまうのよ(笑)。

私たちは歴史のかけら2010年01月12日 01:12

コンピュータの世界では「ブログ」が一般化して、いろいろな人が、いろいろなことに出会い、いろいろな考えを持ち、いろいろなことを書いている。写真もまたしかりである。

20年、いや10年前、こんな世界が来ると誰が予測しただろう。
いまや日本にはアマチュアエッセイストとアマチュアカメラマンとアマチュア小説家が満ちあふれている。もとより我々日本人は「さりげなく表現したがり、それを互いにめであう」民族である。万葉集を見よ、「詠み人しらず」の多いこと。

宮部みゆきさんだったか、著名な作家が「私はワープロという機械が世に出なかったら、小説家にはなれなかったろう」とどこかで書いていたが、確かにこの、自由に前後入れ替え、修正、辞書機能のあるカラクリ装置の登場は画期的だった。それまで紙の上で大変な労力と集中力を要したプロの作業が、みんなのものになったのだから。
(昔の純文学など、プロは1日3枚書けば「よく書く作家だ」といわれた。)

これらのブログ・写真の数々は、2〜300年後には「貴重な歴史の資料群」として未来人に分析されるのであろう。(うかつなものは書けないぞ・笑)

人が生きて活動しているということは、「歴史を刻む」ことである。
私たちひとりひとりが「歴史」なのだ。
あわてずたゆまず、大切に生きたい。

「敦忠」くんえらいっ!2010年01月12日 08:41

「あいみての のちの心に くらぶれば むかしはものを 思わざりけり」

は、とても好きな歌だが、「百人一首四十三番」とは知らなんだ。
なにが恥ずかしいといって、私は百人一首を「ちはやぶる」と「瀬をはやみ」しか知らないのが恥ずかしい。(どちらも落語のネタである。)
いっとき学業を放り投げていたので(中・髙と長いこと病気していた)、基礎教養がないのだ。取り戻そうにももう脳みそは年寄りモードに突入しているしな。
パソコンという便利な検索機がなかったら、ホントに何も書けないわ、私。

百人一首の四十三番目、三十六歌仙にも選ばれているのだが、訳すれば
「結婚してから、あなたを思う気持ちがますます強くなりました。いまと比べると、昔あなたにあこがれていたころのわたしの想いなど大したものではなかったのですよ。 」
ということで、私は長いこと「これは女性が詠んだうたに違いない」と信じていた。だって心にびんびん響くもん。

大声でのろけさせてもらうが、私はドッコイにこれと同じ感情をいだいている。

いや、「いいところしか目に入らない『恋は盲目』状態」なんてお嬢ちゃんの思想ではなくてね。
【恋は発熱、愛は平熱】ですから、はい。(この格言の言い出しっぺは私)
愛しているからこそ
「あっちゃー、また太りよってからに、腹が出て、こいつ糖尿病のくせにどうするつもりじゃい。」
なんて日々思っているのである。のであるが。
私がぼんやりしていると皿洗ってくれたり洗濯機(ウチのは全自動ではなくていまだに二槽式)回してくれたり、そしてここが最も重要なのだが、それらを一切恩に着せないところがスゴイ。

私は別に「絶世の美女」でも「大資産を持っている」わけでもないのだし、なんだか1日の大半ボーっとしているのを(頭の中はとにかく書くことと描くことでパンパンである)、あんなに忙しいのによくフォローしてくれるなぁ、と思う。
前世というものが本当にあるとしたら、私たぶん相当徳を積んだんだわ、でなきゃこんな聡明で優しい人とめぐり逢うわけないもん。

自分と重なるからこの歌を女性が詠んだと長いこと信じていたの。
まさか「権中納言敦忠 (ごんちゅうなごん あつただ)」とは。
絵札で観ると右向いてちょっと物思いにふけっているような若い公達(きんだち)姿である。なかなかハンサム。
敦忠くん、人生は長くて、どんどん楽しくなってゆくものだよ。
奥さん大事にしなさい。