闇市の雑炊と手作り電気パン製造器2025年08月15日 20:05

父は雑炊・すいとんが嫌いだった

闇市でさんざん食べたので

戦後祖父がツレアイ亡くしたショックで「戦争ボケ」おこして
外でフラフラしている時期があって
旧制中学生徒だったひとりっ子15才大ピンチ!

家業が写真館だったので
戦前に作った広告マッチが茶箱に一杯あり
学校帰りに闇市の隅っこでちょこっと売って
(ヤミの物価はどんどこ上がるので、一度に全部売るのは損)

2~3日分のお金にかえて
闇市の露店ですする雑炊1杯がその日の晩ごはん
雑炊の具は占領軍兵舎の残飯で
アタリはベーコンや肉の切れっ端
ハズレはタバコの吸殻

スモーカーだった父はいっとき輸入タバコに凝って
「Camel」や「KENT」くわえたけれど
米兵支給品だった「LUCKY STRIKE」はダメ
先に吸い殻の味覚えちゃったので嫌だったらしい

お米は闇市では
「銀シャリ(シャリ=仏様の骨・仏舎利)」
といわれるほど

配給で手に入るのはコーリャンの粉・ふすま・ちょっとメリケン粉
ドロドロのおかゆにしてもダンゴにしても不味い

…ので科学大好き少年一念発起
ハンダ鏝とラジオペンチ片手に
見よう見まねで
「電気パン焼き器」こさえた

わたしはちいさいころその仕組をおそわった

「板切れで箱を作り、ブリキで中を張る
左右に小さい穴開けて電極通して
粉と重曹とちょっとの塩を練ったのを入れ
停電にならなさそうな時間を選んで電気通せば
食パンというか、蒸しパンができる」

そのころはもう食パンも蒸しパンもほの甘い時代
「お砂糖じゃないの?お塩なの?」
とたずねると

「砂糖はそもそもない
サッカリンやズルチンは電気を通さない
少しでも塩が入ると電気が通り
その熱で重曹が作用してふくらみ、パンになる」

小学校の理科の実験で
ビーカーの中の塩水に電気が通ったとき
父の言ったことがわかった

ありがとう・お父さん



科学少年だった父はのちに
「セキュリティー・ゲート・システム」
(通す・通さないを判別する情報判断機械)
専門の技術屋になり
駅の自動改札と自動精算機なんかこしらえたので

娘は
駅に行くたびに
なんとはなしに
戦後の匂い
パンの匂いを感じたりします

15才の父に会えるような…

(2025/08/15・終戦から80年、長い在宅介護の末父が逝って16年目の夜に)

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