今日で4年目2015年03月11日 01:24

みんな忘れちゃいけない「3.11『東日本大震災』のこと」を。

五千万円の”バチ当り”~~~!年末ジャンボ…♪2013年12月17日 21:15

猪瀬直樹都知事の「五千万円不正献金疑惑」で今日も沸いている議会である。
この年の瀬に、あーだこーだ、おおごとである。
年末ジャンボがこれだけ賑わっているおり、「政治の暗部」もギャンブルにならんもんか。
「♪さっいまっつジャンボ~♪汚職くじ~♪出ましたッ!
今年も出ました5千万円ッ!!
5千万円の”バチ当り~~~~”!!!」
ものすごいカーチェイスで猪瀬直樹都知事を追い詰め、(ここらへん「西部警察ね」)
「警部!こんなに汚職の現金が…っ!」
「市井の人々に還元だっ!
今年も出ました五千万円の”バチ当り”~~~!歳末ジャンボッ、汚職クジ~♪part2はT○会だよっ!」

けっこう当たる率高いと思うんだけど。

書きたいもの、書くべきもの2013年11月22日 23:13

やっと、自分が書きたいもの、自分しか書けない物がが分った。「近代日本画」画壇史と戦争下の父母の体験、キノコ雲を観た養母のこと。これは私にしか書けない。形にしなくては…

まっぴらだ!2013年05月12日 21:38

「980円のプ○センタでここまでちがうのか。」という広告を、無料サイトのPR欄でよく見かけるようになった。
モデルの顔ががふたり並んでいる。ひとりはピチピチ、ひとりは(同い年だとしたら)老け顔である。
しかし、ね、モデル同一人物をメイクの力でここまで変えたならスゴイけど、別人だったら、あたしゃ怒るよ。
方や都会のなんにもしない奥様顔、もう一方は農業や漁業で自然の中で生きてきた働き者の顔じゃないのか?
働く女の美しさを卑下する広告なんてまっぴらだね!

日曜日・ぼんやり2013年04月14日 18:29

夫・ドッコイ氏は英語検定でお出かけ、留守番ボ~。実際に彼はオーストリア大陸以外は全部旅し、どこの国でも1週間で現地語をマスターし、世界のあちこち(僻地)で英語でしゃべったり書いたりしまくっているのに、それでもまだ「点数」って必要なのかなあ…ビジネス社会の不思議。

半世紀2012年05月09日 22:02

ドッコイ氏が今日50歳になった。
ということは、4日後に私も50である。
これからは映画館の「夫婦割引」もJRの「大人の休日倶楽部」もOKである。
「人生7掛け論」じゃないが、子供の頃に抱いていた「50歳」とは手応えがまったく違う。
おまけに私は養母の介護やら・鬱病やら・脳炎やら・事故で頭打って記憶喪失1年やら、なんやらかんやらかしていて、「生きた手応え」が十年くらい欠落しているので、自分で考えるとまだ「30代」の実感である。
もちろん、携帯でメール送れないし、近頃のお若い方がお使いになる文庫版サイズのパソコンのよーなものを使えたりはしないけどね。
(すまんな、絵描きなんで親指がヤワなんだ・笑)
「半世紀生きる」というのは言葉にすると重いが、振り返ってみれば「いろいろ楽しいエピソードの積み重ね」である。
人間の脳は「辛い記憶」を忘れたり薄めたりして、その分、「楽しい・面白いエピソードをふくらませる」自浄力がある。(正式な医学用語で何と言うかは失念してしまったが)
あと4日で私は「半世紀生きるって楽しいなー♪」と実感するのだろう。
そして82年生きた母・芳子さんと、夕食の後にまた「女学生の頃のおてんば話」などするのだろう。
体験は濃縮されて経験となり輝く。
「アンチエイジング」なんていうけれど、生きて日々を積み重ねていくことは、とにかく楽しい。

強姦2011年12月20日 02:59

されそうになったことがある。真っ昼間である。とっさに学生カバン(中に辞書が4冊入っていて15キロくらいある)をブン回したら相手の横ッ面にヒットして、難を逃れた。
私はまだ15~6歳だった。
運良くカバンを振り回すスペースがあったから助かったものの、本当に強姦されてしまっていたら私の後の人生観はまるで違ったものになったしまっていたと思う。

ニュースは消えてゆくものだから、しばらくここにつなぎ止めておきます。

【時事通信】 韓国の季明博大統領は18日の野田佳彦首相との会談で、ソウルの日本大使館の前に元従軍慰安婦を象徴する少女像が設置されたことについて「日本政府がもう少し(慰安婦問題に)関心を見せてくれれば起こらなかった」と指摘した。
その上で「誠意ある措置がなければ、第2、第3の像が建つ」と警告した。
韓国大統領府が明らかにした。(以上)

従軍慰安婦に関する記事をもうひとつ

【毎日JP】質問なるほドリ

質問なるほドリ;慰安婦問題を首脳会談で韓国が取り上げたのはなぜ?=回答・西田新一郎

なるほドリ 韓国の季明博(イミョンバク)大統領が野田佳彦首相殿会談で、旧日本軍の慰安婦問題の解決を求めたね。

記者 大統領は就任以降、表だって慰安婦問題を取り上げてきませんでした。しかし、今回の首脳会談では「両国関係に障害物になっている従軍慰安婦問題を優先的に解決しなければならない」と訴えました。

Q なぜ今回取り上げたの。

A 韓国の憲法裁判所が今年8月、「韓国政府が元慰安婦の賠償請求権問題の解決に向け努力していないのは元慰安婦の人権を侵害していて、憲法違反だ」という判断を示しました。判断の後、韓国側は日韓外相会談などでこの問題を取り上げ、日本政府に応対を求めてきました。しかし、日本政府が応じる姿勢を示していないからだとみられます。

Q 日本政府はなぜ応じないの。

A 日本と韓国が国交を正常化した65年の日韓基本条約に伴う協定で両国間の請求検問題は「完全かつ最終的に解決された」と確認しているからです。ただ、実際に慰安婦問題が注目されるようになったのは90年代初頭からです。韓国側は、国交正常化交渉の時点で議論されなかったことから、慰安婦問題は協定の対象に含まれていないと主張しています。

Q 日本は慰安婦問題で謝罪をしていなかったっけ。

A 93年に当時の河野洋平官房長官が談話を出し、「当時の軍の関与の下に、多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題である」とし、お詫びと反省の気持ちを示しました。その上で、道義的責任を果たすために国民からの寄付金と政府が事業資金を拠出する形で95年に財団法人「女性のためのアジア国民年金(アジア女性基金)」(07年に解散)を作り、償い金や歴代首相「おびの手紙」を送りました。

Q 韓国では受け入れられなかったということなの。

A 韓国では償い金などを受け取らなかった人が多かったといいます。日本政府が改めて謝罪と賠償をすることを求めているようです。

Q 接点が見当たらないね.

A 民主党の前原誠司政調会長が10月に訪韓した際、アジア女性基金にも触れながら「人道的見地から考える余地がないか」などと述べました。しかし日本政府は否定的で、新たな措置を取ることは難しい状況です。慰安婦問題は当面日韓関係をぎくしゃくさせそうです。(政治部)

(以上)

(蛇足だが1965年といえば韓国はまだ朴大統領の独裁政権で、戒厳令が敷かれ、夜は11時を過ぎると人っ子ひとり出歩けず、民主主義の波もまだ起きていない、無茶苦茶な時代である。)

昔、日本が戦争に負けて進駐軍が日本にやってきたとき、やはり慰安婦として「パンパンガール」という存在があった。
学生時代の母がこのパンパンガール狩りにあって駅前で無理矢理トラックに乗せられ
「私、女子師範の学生なんですけどー!」
と必死に叫んで降ろされた、あとの若い女性たちはどこへ連れて行かれてしまったのか。
自分から、生きていくためにパンパンガールになる女性もいたし(DVD「浮雲」・主演高峰秀子・傑作である)私が5~6歳の頃、上の世代は
「ヘイ、ミスター、ナイスガールいるよ、ファックOK、カモンカモン!」
などという女衒(ぜげん)の言葉を、どこで聞いたか訳も分らず使っていた。


アメリカ軍の(下請けだろうが、とはいえ)駅前トラックホイホイ乗せも荒っぽいが、日本軍は「まかないの仕事だから」とだましたり、家族の強制連行をほのめかしたり、ねちっこい手を使った。
当たり前である、儒教の韓国で進んで慰安婦になりたいものなぞ、いない。
江戸屋猫八さんだったか、軍隊経験のあるタレントさんが、インタビューで
「小屋のね、前にもうズラ~と列になって待ってるわけですよ、兵隊が。手にはコンドームね、『突撃一号』といってね。」
と悲惨さを語っていたな。

もしも母があのときトラックから降りられなかったら、私はもっとずっと早く産まれ、肌の色は白かったり黒っぽかったり、髪の色は栗色だったり黒いチリチリだった可能性がある。
間一髪で逃れた母はめでたく「小学校の先生」になったが、教え子に肌の色の違う子や髪の色が違う子がいて、周囲から差別されないように気を遣ったという。

儒教の国だから言い出せない恥、独裁政権だから言い出せない言論の不自由、「ハードル」はしつこく、高く、幾つもあったはずである。

『女性の人権』という観点から見れば、従軍慰安婦問題はまだ解決していないし、第2、第3の少女像が建ってもおかしくはないのではないかと私は思う。

(あ~、手書き写しは疲れた~・苦笑)

おかね2011年12月02日 23:01

おかねは借りるもんではなく、貸すもんでもない。
「借りて不仲になるよりも、いつもニコニコ現金払い」
をもじって、
「貸して不仲になるよりも、いつもニコニコ門前払い」
というジョークがあるくらいである。

昔の人はよく言ったモンで
「借りるときはえびす顔、返すときは閻魔顔」
ということわざもある。なるほど、貸してもらうときは「ああ助かった」と笑みもこぼれようが、返すとなると工面をつけてのやりくり算段、表情も渋くなろうというものだ。

もう最初から、絶対に返ってこない借金というものもある。
昔の知り合いRちゃんはオートレースの選手に入れ込んでふだんから貢いでいるようだったが、彼が公道で人身事故を起こして、よりにもよってプロのくせに保険に入っていなくて、
「今日中に500万円作れなければ彼は刑務所行き」
という状況に陥って、知り合い先輩みんなに借りまくって、風のように姿を消した。

久世光彦は「向田邦子との20年」の中で、脚本家として駆け出しでまだ収入の少なかった頃の向田邦子の事を
「天から降ってくるお金は大切に使ったが、決して地面にかがんでまでお金を拾おうとはしなかった。」
と書いている。天から降ってくるお金は「堂々の報酬」だが、地面から拾うお金は「しょせん他人のもの」である。

お金は立て替えるものでもない。
かつて私は友人のお祝い事に「4人でまとめて1本(1万)包もう」と言い出しっぺをしたのだが、あとで払ってくれたのはひとりきり、のこりののふたりからは忘れられてしまっている。
それはそれでいいと思う。その程度のことなのだろうから。払わなかった人はすっかり忘れているし、額もたいしたものではなく、この年でいい勉強をさせてもらった、という感じである。
むしろ、それまでが世間に対して不勉強だった。
「スマートに催促するタイミング」を逃してしまった、そのあとも不遇にして催促する機会がなかった、それだけのことである。
ただ、もう私は、冠婚葬祭のドッコイ氏を除いて、誰とも連名ではおかねを包まない。それだけである。

ずっと昔、まだ貧しい頃(といって今が裕福なのでもないが)いちどだけ、おかねをあげたことがある。
相手はドッコイ氏である。急な引っ越しで始まった、養母とそのパートナーあわせてふたり分の介護と、おかね目当ての親戚のゴタゴタと、その合間を縫ってする仕事と、鬱病の発症で、私は彼を置き去りにしてしまった。
やけにたばこ臭く帰りが遅いのも「連日煙草を吸う人達との会議で遅いのかな」と、おめでたく思っていたら、会社近くの金融業各社から(リストに載ったらしい)「お金すぐ貸します」のはがきがジャンジャン舞い込むようになって、やっと気付いた。
たばこ臭いのも遅いのも、ギャンブルゆえであった。
今まで絵や漫画を描いて少しずつ原稿料を貯めていた通帳を崩し、
「いい?この魔法は一度だけしか使えないからね。」
と、彼を銀行に送り出す、その背中を眺めている私の顔は、たぶん「泣いた閻魔さま」のようだったと思う。

と、いうわけで、我が家では「無いおかねは使わない」ことにしている。
今度の引っ越し先も、ローンを組まずに即金で買った。(古い分譲団地だからとても安い。)
実家から徒歩5分。老後を助けると言う名目で、母からはいくばくか「おかねをもらった」。

おかねはきれいに使うのが一番である。
なければ使わないのがよろしい。

小さな生活2011年10月14日 21:37

「滝雨」の予報に、急いで買い物を済ませ、急いで実家に行って、急いで母と夕ご飯を食べて、急いで帰ってきた。
時計を見たらまだ7時前。虫の音が聞える。が、8時になったら予報通りの激しい雨降り。
明日咲く予定の朝顔のつぼみは、はたして開くかな?
ドッコイ氏はあさって長野に「日本一のフランス車のお祭り」に行くのだけれども、ちゃんと晴れるといいな。
海外出張だ、その準備だ、住まいの契約だ、支払いだ、とめまぐるしい毎日、せめて大好きな車の仲間と、出発前に心置きなく遊べると良い。
彼はそのあと用事で実家泊まり、私は留守番。まるで出張の予行演習のようだ。

昨年出版頒布された文部科学省の教材「わくわく原子力ランド」は、事故の後すぐにホームページでの閲覧が中止になって、今日になって180度転換した内容の教材が発表されたけれど、子供たちは何を学び、どう思うのだろう?

私たちの小さな3日間の生活のうちにすらも、世界は、動いてゆく。

大震災から二百日目2011年09月28日 13:36

行方不明者はまだ二千百人近く。
沿岸で発見されるケースが増えているので、今日警察が海岸線を大捜索しているニュースが。
「もう二百日も経ってしまった」と言う気持ちと「まだ二百日しか経っていない」という気持ちが複雑に混じり合う。
この二百日の間にも東北・北関東を中心として中・小規模の地震はたびたびあった。
割と揺れには敏感なタチで、震度1でも「あ、揺れてる」と分る。

この間日赤に寄せられた義援金は29千億円近く、赤い羽根共同募金会が37百億円近く。ボランティア支援金も30億円近く。
先日日赤の義援金受付が来年の3月31日まで延びた、と書いたが、共同募金もいっしょに延びた。
共同募金のボランティア支援は目標が一応30億円なのだそうだが、これはこれからまだまだ必要になると思う。
国の復興規模は兆単位の問題なので、私たちに出来ることは決して大きくはない。

しかし、「ちょっとしてみようか」「しよう」「たとえ少額でもしなければならない」という心が、私たち日本人の心の支えとなる国民性なのだと思う。
立ち寄ったコンビニの募金箱に1円玉2枚でもいい。
「過ぎたこと」にしないで、「もう感心ないこと」にしないで、粘り腰で支援を続けてゆきたい。

ちょっと「天声人語」じみてたかな(笑)。