「困窮したときは自分から申請すること」2020年03月29日 22:31

日本の行政は「申請者保護」という制度をとっているため、窓口に出かけないとどんな制度があるかわからない。
たまにテレビニュースで「この番号へ電話を」と出ても、一瞬で消えてしまうし、障がい者や外国人は、とっさに筆記できないという基本的欠落がある。せめてテロップだけでも次のニュースにひっかけて残してくれれば、まだ救われるケースもあると思うのだが…

とにかく小学校教育の段階で「将来困窮したときは行政へ相談」と教えておけば、色々困る人も助かる道があると思うのだが。少なくとも義務教育の段階で。
裕福な家庭に育っても、地域のネットワークに守られていても、大人になったら、別の土地に移ったら、あたりまえにある「柱」はいきなりとっぱらわれるもので、そのとき「ひとり」で、さてこの困難に、どう立ち向かおうという時に、様々な免除や支援を受けられる可能性が、「国の制度」としてあるのだ、という事実は、なるべく早い内にインプットしなければならない。

「申請者保護」は、ある意味残酷だ。声を上げるすべを持たない層が黙殺されてしまう。
私の年下の友人は、いきなり幼子3人抱えてシングルマザーになったが、彼女を救ったのは遠方に住む福祉職の友人の「とにかく今すぐ『生活保護申請』しろー!」という一声だった。
真っ直ぐに育ち、真っ直ぐに働き、真っ直ぐに消費し、真っ直ぐに恋愛して子供を産んだ彼女は、夫がいきなり豹変して夫としての機能を放棄したとき、妻として、母として「シェルター」も「生活保護」も、知らなかったのだ。

「こんな不幸もある…ね、あぁ、コワイコワイ、ね、エンガチョですよね~♪」という民放の視聴率稼ぎのワイドショーを見ていただけでは、根源的救済の受付窓口まで辿り着けない。
小学校から「英語」とか「プログラミング」なんて、教育産業大手の口車に自民党が握手しているだけだ。
他言語認識脳は12~3才から活性化するものだし、プログラミングなんて、わたしゃ20歳の時、エンジニアの親父とふたりで液晶12行コンピュータ使って「サイコロ回して丁半賭博、1分で500回サイコロ転がして『ピンゾロの確率』を出すゲーム」を作っただけで終わりである。

わからんもんはわからんでいいのだ。

「みんなが100点満点取る社会」が「良い社会」ではない。
そんな小賢い国民だけで固めた未来の日本なんて、全然進歩性がない。
0点取る子もそれはそれでちゃんと「学んでいる」のだ。
その経験は大人になったとき「分からなくて困っている弱者に自然と手を差し伸べる才能」になる。
小賢く100点取った子も、就職先の大企業が倒産したりリストラに遭ったり、ローン地獄で自己破産したり、離婚したりして、「奈落」というものは万民に用意されている。
そのとき「行政の窓口に申請する」という行動をとれるか否か、で、
「人として復活するか野垂れ死にするか」
の命運は分かれる。

「困窮したときには、まず行政の窓口へ行こう!」
と、お子さんのいる「これを読んだ方」は、明日の朝、食卓でおっしゃいな。

いま夜の11時半だから、明日。ね。

朝のテレビ小説「スカーレット」の面白さ2020年03月28日 22:50

NHKの朝ドラマ「スカーレット」が昨日3月28日をもって最終回を迎えた。
「全部見た」どころか、今処方されている薬の副作用で昼夜逆転の生活、「寝過ごして残念」という日の連続だったが、夜のダイジェスト枠などで流れは捉えていた。

このドラマは地味だけれど、確実に面白かった。

地方の、戦後の大貧乏生活で中卒就職からスタート(子供時代は「お約束」なのでもちろんあるが)陶芸家としての人生を切り開く主人公。
最初は地元就職に失敗して、大阪の下宿屋に女中奉公である。これが高橋留美子さんの名作「めぞん一刻」みたいな個性派揃いのステージで(あとでその人脈が全部活かされる)、その中で「ふとしたことから」「美」に目覚める。
ワンマンな父の一存で、いきなり故郷に呼び戻され、地元の「火鉢工場」で働き始め、ひょんなことからセクション変えに成功し、火鉢の「図案」部門の一員となる。
元日本画家の、イッセー尾形演じるボスに手ほどきを受け、モダンな女性スタイルの火鉢発売にまで漕ぎ着ける。

「研究員」としてやってきた美大卒の男性と、最初は「お仕事、見学させて下さい」の関係から、「陶芸とは何か」を学びつつ、恋をする。(この相手役俳優が、面立ちは地味だが、ものすごく上手い)

ああ、しかし「火鉢」は斜陽産業、ボスは去り、恋人は失業、しかし「この土地で陶芸をやって生きたい」という彼と結婚。
家は戦後流れ着いた夫婦と幼い娘3人のためにセッティングされた「茅ぶき屋根の古い木造家屋」である。
最初の台所は「かまど」で、富田靖子さん演じる「お母さん」がセッセ、セッセと火をおこし、煮炊きをする。それが、お父さんが死ぬあたりからガスボンベが導入され、それでも台所は「土間」で、やがて板の間に改装され、蛍光灯が入り、鋳物のガスコンロから火口の確保されたガステーブルになり…お母さんはずっと和服だったのが、地域の「ママさんコーラスの会」にお誘いを受け、週に一度「洋服を着て外出し、練習の後には喫茶店でママさんたちと甘い物&飲み物でひとときを楽しむ、『女の、主婦の・ゆとりとカルチャー』を体験する人生」にまで辿り着き、死ぬ。
(在宅闘病意地っ張りお父さんといい、ひっそり支え続けて生きて、満足して死ぬ母さんといい、骨髄の病で若死にするひとり息子といい、脚本家は「人生の『終わりどころ』のツボ」を外さない)

夫は、戦後日本の陶芸作家は「電気窯が当たり前」のアトリエで、研究と努力の結果大きな賞を受賞し、陶芸作家としての人生に活路を見いだす。お金はないが息子を授かり、家族全員で愛して育てる。
しかし「地元陶芸の、窯の原型(ここで主人公が子供の時手に入れた窯の内壁のカケラ「スカーレット」が活きるのである)、「原点回帰」を目指し、古式窯を作る。薪を焚き、何日も夫婦不眠不休で火を守り続けても、研究で知識として得た「目標温度」に至らず、失敗が続く。

そのとき、薪を放り込み続ける「運動連鎖」ではなく、薪そのものの「断ち割り方」、つまり「かまどの前で煮炊きしていたお母さんを手伝ったヒロイン」の経験則が解決策となり、目標温度に至る。
しかし、そこで夫は自分の「陶芸家としての限界」を知ってしまい、陶芸作家から「各地を渡り歩く研究家」に戻ってしまう。
「君も焼いてみなよ」
の一言で「自分の創作」に目覚めてしまったヒロインが、窯を守り、子育てし(なんと「足ガール」の「若様」、NHKの秘蔵っ子・伊藤健太郎さんが、この気持ちの良い若者を演じている)、母を看取り、妹たちの人生にエールを送り、地域社会に生き、「前進」していく。

この、まったくゼロ、どころか大きな架のあるマイナススタートのヒロインを演じた戸田恵梨香さんが素晴らしい。このドラマ枠では異色の年齢だが、「陶芸家としての大きな、そして繊細な『手』の持ち主」で、「中学校時代を演じるヒロイン」からのスタートとなったため「とにかく5キロ太りました」と笑う「気っぷの良さ」、そして『困難な女の人生に積極的に待機できる懐の深さ』の持ち主である。

両親の背中を見て育った息子は、陶芸を目指し、猛勉強して大学に受かり、学び、青春を謳歌し、恋をして、でも難しい病気で、最終回で分かるのだが26という若さで逝ってしまう。しかし、彼の『作品』は残るのである。アトリエの一角に、繊細な、優しい「青の陶芸」を志した彼の作品が、生き続ける。

芸術とは「作品が生き続けることによって人生を永遠のものとする才能を獲得した人種の、格闘と達成のドラマ」である。だから芸術家は「人生そのもの(ゴッホやダヴィンチのように)も伝説として語り継がれる」のだ。

そしてこの「スカーレット」は生活風俗の考証が、ビックリするほど正確だった。いつ、このデザインの生活家電が入ってきたか、お父さんが買っちゃった「衝動買いの一斗缶」が、手を変え品変え、この家屋でいつまで生き続けるか、基本的にお金のない生活の中で、ヒロインは「ツギのあたったマフラー」をいつまで首にまとわせるのか、かやぶき屋根の「家」はいつ「茅の上からトタンぶき」になるのか、ものすごく正確に記録し続けているのだ。
この時間枠のドラマには「昭和37年の東京」で、飲食店の前に復員兵が並んでいる、という「時代考証メチャクチャ」な手抜き作品もあったのだが…


伝説の「おはなはん」は、お転婆さんからいきなり「将校の妻」になったヒロインの素直な心の揺れを、幸せに向けて描ききった。

「マー姉ちゃん」は女系家族の次女、日本初の女性漫画家長谷川町子さんを田中裕子さんが演じ、それをサポートする母と戦争未亡人の姉を、藤田弓子さんと熊谷真実さんが絶妙の呼吸で「ホームバラエティー」としてドラマに仕立てた。

「おしん」は底意地の悪い橋田壽賀子さんの「女の一代記」である。海外では、そして国内でも「少女編」が繰り返し放映、スペシャルDVD化されている。演技派・乙羽信子さんは、よくこんな毎日ヒロインの心境のコロコロ変わるドラマ展開に「文句をつけなかったものだ」と思う。ほんと、苦節の人生から一転して「成功談の押し売り」である。

「ゲゲゲの女房」は、神様の妻、天才漫画家(戦争で片腕のない障がい者だが、世界観が素晴らしく、他の追随が出来ぬ水木しげるさんの、大貧乏からスタートする人生ドラマで、「漫画家の独特な、風変わりな世界」をキチンと表現仕切ってくれた。

視聴率を稼いだ「半分青い」は、少女漫画というとても個性的な世界に生きているうちはよかったのだが、漫画家をやめてからのシングルマザーとしての生き方の描写に無理があった。

やはり「はね駒」の斉藤由貴さんや「はっさい先生」の若村麻由美さんは新鮮で、感性も良く、上手かった。

「スカーレット」の最終回、最後のシーンで、ヒロインは人生を振り返らない。
涙を誘わない。しみじみしないで、窯に薪をくべている、その
「スカーレット・レッドに『炎』に照らし出されるヒロインのアップショット」で終わる。
地味であるが、芸術作品としての完成度は深い。
そう、「スカーレット」は「炎に導かれるヒロインの人生」を、的確に描ききったのだ。

これは「美事な成功作」である。

遮断機の地域的機能2020年03月27日 02:56

「コロナという特急列車」に、どこで遮断機を設置したら良いのか…
人権侵害や人種差別は絶対避けねばならないし、安全圏の確保というのは本当に難しいものだ。

私の住む東京では、知事が
「週末不要不急の外出を自粛して下さい」
と、事実上「ソフト戒厳令」状態で、スーパーは野菜も肉もパンも麺も空っぽ。

ふう…

2020オリンピックの不思議2020年03月25日 06:02

オリンピック、東京開催、ですよなぁ。

ということは、都知事のお仕事、ですよなぁ。

なんで表玄関に「安倍総理」が出てくるの?
小池都知事は横でお話聞いている役なの?
バッハ会長とさ、なんで安部が「お話」するの?
でなきゃ、何事も「決定しちゃいけない」の?

安部って本当に独裁者のお坊ちゃま。
(絵描きだから正直に言うけど、
チョビ髭描いたらヒトラーそっくり!)

永さん好きでした2016年07月11日 19:45

永六輔さん逝く・・・

昭和一桁の気骨がまたひとり。

ラジオ番組「永六輔その新世界」そのものは月曜6時~1時間半「いち・にの三太郎」で残っております。

死について・62016年04月19日 00:00

「おくりびと」という、「納棺師」と言う職業を描いた、優れた映画がある。(本木雅弘主演・第81回アカデミー賞外国語映画賞および第32回日本アカデミー賞最優秀作品賞などを受賞)。わたしはこれが好きでDVDで持っていて、何度も見た。

実は以前から「喪の仕事」には興味があって、いっとき、東京の専門学校の公開講座にも通った。
「正座が出来ない人は無理です」と聞いて、杖つきの身なのであきらめたが、もしかしたらわたしは葬儀関係の仕事についていたかもしれないのだ。

時間が空いたとき担当の若いお兄さんに観たかと聞いたら、
「一度観ました」
とのお答え。たぶん研修か何かだな、こんな鄙びた土地だもの。

通夜も終わって、印象的だったのは、精進落としの会場で、係のお姉さんがふたり、飲まなかったビールやウーロン茶をテーブルの上に、十列横隊に並ばせて、「・・・11,12・・・」と数をチェックしているところ。

飲み物は別料金なのだ、後で請求するのだ、間違いがあってはいけないのだ、これも立派に「喪の仕事」。


すべて終わって、ドッコイ氏と家へ帰る。
骨壺というのは重いもんである、とにかく安置して、前に遺影と白木の位牌を置いて、義父のときの花瓶が一組あったので花をいける。

終わった。

「外に出る役割」はみんな終わった。
礼服を脱いで、ハンガーに掛け(肩の辺りに骨粉がついているのを払う)、普段着に着替え、あぐらをかき、ドッコイ氏に
「お疲れ様」を言う。

氏は、香典と入院中の親族の見舞金の勘定で忙しい。
これから四十九日までに、金額相応のお返しをしなければならないのだ。
寺へも葬儀社へも、支払いはこれからである。
しかも現金払い。喪主は葬儀が終わってからも、気が抜けない。

こちらは気が抜けて、秘蔵のカルヴァドスのお湯割りを、折り詰めをサカナに、飲む。


翌日、寺へお布施(戒名代・その他)を納め、役所で手続きを済ませて、東京に帰った。

徒歩5分の母の家が、スペースがあるので遺骨を預かってくれるという。
助かった。(自宅は本と、書類の山=ドッコイ氏3月末まで自治会長)
冷蔵庫の上位しか、置き場所は無かったのだ。

薬切れの離人症は続いていて、手の震えが止まらない。
しかも、標高700メートル、心臓にも持病のあるわたしは気力・体力の限界、ここへきて横隔膜が縮んで呼吸が浅くなり、「高山病」になるのである。

車の助手席に体を押し込んで、後はキュウ、目がさめたら標高の低い神奈川へ来ていた。

しかし、あいかわらず脚はよろよろ、手はぶるぶるである。

母の家へ行き、玄関でお清めの塩をたのむ。
我が家系はそのテのことはまったくスルーで今日まで来たが、わたしの尋常でない様子に母はハッと気づいて、速攻で塩をまいてくれた。

骨壺、遺影、位牌を安置。
手際のよい母のこと、もうボヘミアングラスの水差しにカサブランカがこんもりいけてある。

義母はここへ落ち着いたのだ。

冷えて震える手のひらを、母の手が温かく包み込んでくれ、しばらくしたら震えが止まった。「引かれていた」わたしも薬を飲んで落ち着いた。
「喪」は終わった。


以上、思い出すままに、義母の死と葬儀の顛末を書いてみた。
読んでいるあなたが近しい人の「死」と向き合ったとき、何かの参考になれば幸いである。

(おわり)

「ラジボア」2016年02月22日 21:29

今日見つけて、しみじみしたもの。
(しかし、やっぱり笑った)
「ラジボア」

「カッコイ~イヤングの必需品『ラジボア』衝撃のデビュー!!」

水木しげる先生逝く2015年11月30日 20:16

しかし水木先生はイラストのような「生死観」の持ち主だったようなので、悲しみすぎることはない。
むしろ友人の言葉
「水木先生が亡くなる、という事は「美化せずに戦争体験を語る人」がまた一人減った、という事でもあるのだった。
ヘンテコな歴史認識やキテレツな民族意識をお持ちの皆さんは、まともに水木しげるを読んでいないのだと思うので、この機会にゼヒお読みなさい、と強く強く勧める。」
のほうが心に重い。
いや全くその通り。
南京大虐殺を歴史の教科書に載せる以前の問題として「総員玉砕せよ」を中1の副読本にしなさい!

塩の柱2015年10月05日 09:25

男色のことをソドミーともいう、アメリカではまだこの男色禁止令「ソドミー法」が残っている州がいくつかある。
ソドミーというのの語源は旧約聖書「ソドムとゴモラ」から来ていて、そこは偶像を崇拝し、男色にふける街であったという。
唯一信仰心厚いロトとその家族が、硫黄の火がふりそそぎ街が全滅する「神の裁き」から逃れ、生き延びる。

「ソドムとゴモラ」は変な話である。
まずロトの妻が、滅び行く街が未練で振り返る、とたんに神の裁きによってその身は「塩の柱」とされてしまう。
向田邦子のドラマ「家族熱」は原案では「塩の柱」というタイトルだったのが、日本人になじみがないから、という理由で「家族熱」に落ち着いた。
そうはいっても女は振り向いてしまうものなのである。
これを「塩の柱」に変えてしまった「裁く神」の情け容赦のなさが、分からない。

さらには、逃げ延びたロトとふたりの娘、この関係である。
「人間はもういなくなっちゃったから、どうしようお姉さん」
とふたりは一計を立て、ロトを酔わせて性交し、それぞれに「父の子」を産んで人類を滅亡から救う。
近親相姦は、父権の強い旧約聖書では罪にならないのである。
振り向いた妻を塩の柱に変えるより、こっちのほうがよっぽど危ないと思うのだが。

旧約聖書は繰り返し「男色」を禁じる。
しかし女は「半人前」なので、レズビアンは裁かれないのである。
なんか手落ちではないか?

「父権の強い宗教」、それがユダヤ教から、新約聖書のキリスト教にまで見られる一貫したテーマである。それ故に男色は厳しく戒められる。

バチカンは、この「父権」の象徴である。
聖職者は、軍隊で言えば「将校」なので、一般信徒よりも戒律が重い。

その中で、今回高官の神父が同性愛とパートナーの存在を表明したことは、事件である。
おそらく彼は神職を追放されるであろう。
しかし、性の解放の始まっている21世紀前半、彼が投じた石は大きい。
法王フランシスコは南米で同性愛者に対して
「私にはあなたを裁く権限がない」
と言っており、信徒の過去の「妊娠中絶」に関しても「許す」と言っている。
聖職者のそれは、会議の中でもみ消されてしまうかも知れないが。

私は今、メリル・ストリープ主演の映画「ダウト」が見たい。
(厳格な修道女が、ある神父を男色家に仕立て上げて裁かせてしまうというもの)

塩の柱と近親相姦が堂々と描かれているあたり、旧約聖書は本当に考えさせられる。

今こそ読もう「村山談話 全文」2015年08月12日 00:55

現職首相が当初
「もう70年の節目だから、おわびも反省も盛り込むつもりはない」
としていた14日の「談話」。

世界から、国内の有識者から、そしてなにより日本国民から非難を浴びて、あとからあわてて
「おわび」「植民地支配」「反省」と言った言葉を「つけたそう」としています。
泥縄ちゅーんじゃ、そーゆーの!(苦笑)

でも結局は、戦後の節目50周年にして初めて「談話」という形で世界にアピールした「村山談話」(村山富市・社会党)に限りなく近づく可能性はあります。

当初から「心に思っていなかったこと」を、周囲からの働きかけで

「とりあえず述べる」

わけですな。
どこまでたかをくくったトラウマお坊ちゃまなんだ、安倍晋三!
連日子供部屋の窓から聞こえる「安保反対」のデモ隊のシュプレヒコールに
「僕の大好きな岸信介おじいさまが『国民』にいじめられている。
おじいさまは立派な首相なのに!」という原体験。


歴史的評価の高い「村山談話」の全文を載せます。
一読の価値があります。一人の首相が「50年間の沈黙」をやぶり
初めて日本国代表として心情を述べた、
胸に迫る、切実な言葉がここに「生きて」います。

今、私たちは「村山談話」を改めて読む必要があります。



「先の大戦が終わりを告げてから、50年の歳月が流れました。今、あらためて、あの戦争によって犠牲となられた内外の多くの人々に思いを馳せるとき、万感胸に迫るものがあります。

 敗戦後、日本は、あの焼け野原から、幾多の困難を乗りこえて、今日の平和と繁栄を築いてまいりました。このことは私たちの誇りであり、そのために注がれた国民の皆様1人1人の英知とたゆみない努力に、私は心から敬意の念を表わすものであります。ここに至るまで、米国をはじめ、世界の国々から寄せられた支援と協力に対し、あらためて深甚な謝意を表明いたします。また、アジア太平洋近隣諸国、米国、さらには欧州諸国との間に今日のような友好関係を築き上げるに至ったことを、心から喜びたいと思います。

 平和で豊かな日本となった今日、私たちはややもすればこの平和の尊さ、有難さを忘れがちになります。私たちは過去のあやまちを2度と繰り返すことのないよう、戦争の悲惨さを若い世代に語り伝えていかなければなりません。とくに近隣諸国の人々と手を携えて、アジア太平洋地域ひいては世界の平和を確かなものとしていくためには、なによりも、これらの諸国との間に深い理解と信頼にもとづいた関係を培っていくことが不可欠と考えます。政府は、この考えにもとづき、特に近現代における日本と近隣アジア諸国との関係にかかわる歴史研究を支援し、各国との交流の飛躍的な拡大をはかるために、この2つを柱とした平和友好交流事業を展開しております。また、現在取り組んでいる戦後処理問題についても、わが国とこれらの国々との信頼関係を一層強化するため、私は、ひき続き誠実に対応してまいります。

 いま、戦後50周年の節目に当たり、われわれが銘記すべきことは、来し方を訪ねて歴史の教訓に学び、未来を望んで、人類社会の平和と繁栄への道を誤らないことであります。

 わが国は、遠くない過去の一時期、国策を誤り、戦争への道を歩んで国民を存亡の危機に陥れ、植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えました。私は、未来に誤ち無からしめんとするが故に、疑うべくもないこの歴史の事実を謙虚に受け止め、ここにあらためて痛切な反省の意を表し、心からのお詫びの気持ちを表明いたします。また、この歴史がもたらした内外すべての犠牲者に深い哀悼の念を捧げます。

 敗戦の日から50周年を迎えた今日、わが国は、深い反省に立ち、独善的なナショナリズムを排し、責任ある国際社会の一員として国際協調を促進し、それを通じて、平和の理念と民主主義とを押し広めていかなければなりません。同時に、わが国は、唯一の被爆国としての体験を踏まえて、核兵器の究極の廃絶を目指し、核不拡散体制の強化など、国際的な軍縮を積極的に推進していくことが肝要であります。これこそ、過去に対するつぐないとなり、犠牲となられた方々の御霊を鎮めるゆえんとなると、私は信じております。

 「杖るは信に如くは莫し」と申します。この記念すべき時に当たり、信義を施政の根幹とすることを内外に表明し、私の誓いの言葉といたします。

村山総理大臣談話 / 平成7年」