あぁ、2013年07月10日 20:55

チャイコフスキーヴァイオリン協奏曲の聴き込み14日目。中盤ひとついいエピソードを思いついたのだけれど、描くのはだあれ?指にペン軸しばってやってみるかな?(笑)ひとつ確実に言えるのは、この作品は出版しても「売れない」という現実。トホホ~。

自分の…バカ!

オリンピックを描く2012年07月26日 21:38

オリンピックのあと、昔は「朝日グラフ」「毎日グラフ」などといったグラビア誌(A3もあるの・グラビアだから薄いけれど)が「オリンピック記念号」を出して、主立ったスポーツのハイライトシーンを載せていた。
さて、私はでっかい古書店(BOOK OFFじゃないよ、もっと昔)で働いていて、午前中レジ担当になるとひたすらヒマだった。(午前中から古書店に来るのはよほどのヒマ人だ。)
で、学校で日本画を専攻していたので手が盛んに「描きたがり」、昔のオリンピックグラビアをレジカウンターの下に持ち込んで、毎日毎日、気がついたらほぼ1冊丸ごと模写しちゃっていたことがある。
結局そこの社長と(正確には社長夫人だな)ケンカ別れして飛び出したのであるが…だってお給料払ってくれないんだもん…今にして思えば模写したわら半紙ノートを置いて来ちゃったのが残念だった。
でも腕には「模写した余韻」が残っていて、スポーツによっていろんな筋肉が発達することや、フォームを制約されているスポーツ(ハンマー投げなど)、制約されないスポーツ(サッカーが一番かな)があるのだと知ることが出来た。
人間「1日に何かをどれだけやる」という目標を立てるのは簡単であるが、それを持続させるのは難しい。
「オソロシク」ヒマな(笑)レジ担当時間に、それが出来たのは本当に貴重な体験だった。
ちなみに、モノゴコロついてからずっと「毎日描く」のがアタリマエで、
「あー、今日は何にも描かなかったなー。」
と初めて思ったのは、都心での打ち合わせ3本掛け持ちした28歳の末である。(そのとき、「真剣な打ち合わせを3本掛け持ちすると、コーヒーはものすごく胃に悪い」とも悟った・笑)
まるで神様に「そう創られているように」、私は描き続けたし、描くことは純粋な喜びだった。
利き腕を壊してしまったのは一生の悔いである。

昔の絵2012年05月22日 22:19

が出て来たものの、どーゆーテクニックで描いたか本人にも不明(笑)。

バタリ2012年05月03日 01:23

ふとんも敷かず畳の上に気絶していた。ひさびさに本格的水彩画を描いていたら、ものすごく疲れた。指が自由に動いた頃とは集中力が違う。集中しすぎ。
で、五時に起きちゃった自分って、どーよ。気がつけばドッコイ氏も芳子さんも起きていて、異様に早起きグッモーニン!

ヌードモデルさん2012年03月26日 19:53

私の通っていた学校は貧しい実験校なので、(授業料が国立とどっこいだったり、より安かったりしたこともあった)芸術学科の実習費も3千円しかとらなかった。
「学生は放っておいたら自分で何を学び始めるか」観察しているようなところがあった。

なにせ芸術科は基礎の一般教養(語学とか体育のことよ)以外、卒製か卒論かの8単位だけであとは人間関係学科をとるもよし、経済をとるも良し、文学をとるも良し。

私の同級生(経済学部)なんぞ経済の最低必要単位をとっただけで、あとは油絵の具まみれ、聞いたハナシでは、今青森の喫茶店のマスターだそうであるからして。

で、ヌードデッサンとなると金がない。学生が自主的にやるんである。
数日前から一番人数の少ない、しかも制作のために高台のある日本画研究室のドアに「○日○時にヌードモデルが入ります」。
その日は人数の多い教室から丸いすを各自もってきて、モデルさんが入って、それからドアに「立ち入り禁止」と張り出し、内側から鍵をかけ、さてそれからである。

人数を数え、モデル料を頭割りにして、「ひとり何円」と徴収するのである。
しわくちゃの千円札と百円玉、五十円玉、十円玉をじゃらりと渡されて、モデルさんも帰りの荷物はさぞや重たかろ。

しっかーし!問題はアトリエ棟の屋根のペンキ塗り替中だったことである。
モデルさん、ワンポーズとってから
「天窓のガラスに覗いている人がいます」と。
仰ぎ見れば確かにヘルメットかぶった若い職人の「のぞき魔」(昔はこーゆーの「デバカメ」って言ったんですよ~)が、そそくさと足場に逃げていくところだった。
しかしポーズをとっているときは、じっとして声も上げないモデルさん、プロだったわぁ。

「裸婦ばかりじゃなくたまには男性モデルも呼んでよ!」という要求は、
「男ならオレが脱いじゃるわい!金よこせ!」
「冗談じゃないわよ、あんたの裸なんかお金もらっても描きたくないわよ!」
という先輩のケンカで幕を閉じたのでありました(笑)ちゃんちゃん♪

バッタもんとムーミソとメッキー!2012年03月16日 17:34

清水ミチコのお楽しみ会2010バッタもん」
というDVDがあって、以前も触れたが、黒柳徹子さんとの対談もあり、(黒柳さんの「お米のない時代なのよ、1合もヘチマもあったもんですか!」という言い回しがいかにも東京っ子である・笑)レンタルで見かけたらお勧めである。
(その前の「清水ミチコのお楽しみ会”リップサービス”もおもしろいです、ハイ、お約束の宣伝・笑。)
この中に、声真似の「ちろちろ動くモザイクアニメキャラ・シアター」がある。
「ドラえもん」ではなく『バッタもん』「ムーミン」ではなく『ムーミソ』、「ミッキーマウスでなく金メッキをしたマウス・『メッキー』」が出てくる!
これが嬉しい。
と、いうのも「ディズニーは著作権の無敵要塞」で、シンデレラ城もミッキーマウスもシルエットすら著作権に引っかかってしまう。
あーもう、この強固な著作権の前に泣かされた私としては、本当に「よくぞやってくださいました!」なのである。
仕事で「デイズニーランドで集団デート(ジュブナイルである)『シンデレラ城の前でみんなミッキーの風船をもってるシーン』を書いて下さい。ただしシンデレラ城はシルエットでもシンデレラ城に見ちゃだめ、ミッキーマウスはシルエットでもミッキーに見えちゃだめです。」
というクライアントの依頼に、クラッときた。が、作家さんの〆切りはとうに遅れているし、出版予定日はがっちり決まっているし、タイトなスケジュールである。
作家さんはまだ完成せず原稿を書いている、書けた分から見切り発車でもうイラストを描き始めて、「エンディングシーンはディズニーランドでデート」とやっと決まったのが2日前。しかも著作権の壁。
結局小さな脳ミソを絞りに絞って、「全トーン貼りのイメージだけ削りだしボカシ」(ものすごく細かい手間の技法)で切り抜けたと思うが、著作権チェックギリギリで、本当に心臓に悪い(笑)仕事だった。
ちなみにシンデレラ城が実際に「城」として機能していたら、尖塔のラセン階段だらけで、とっても息が切れて体に悪いと思う、ひとりおせっかいの私である(笑)。

乳拓(にゅうたく)2012年02月13日 17:16

(「拓」は「拓本」の拓、「魚拓」の拓である。)

寒い季節だから暑い話でもいたしましょう。

さて私は20歳からひとり暮らしを始めたのであるが、途中まで(貧乏なので)クーラーは持たなかった。
最上階で、前後が空地、川、森、公園と風通しが良く、何とか扇風機で保てる環境だったのだ。
そういえば暖房もなかったな、卓袱台の上に毛布掛けただけ。若かったなー。

ま、それはともかく。
それから何年かして、私はある漫画誌の表紙を描くことになった。
大変な物入りである、カラーインク全色、画板、筆、絵皿がズラリ、机は6人掛けのテーブルで、画材を並べて台所で描いていた。
B5版の表紙を、拡大して、しかも表紙で文字が入るから上下左右動く可能性も含めてA3版の、イラストボードという厚めの紙に描く。

実はその夏、棟のどこかで天井から水漏れがあって、最上階の屋上全域、コールタールがひかれたのだ、突然の黒屋上に、夏は暑く、冬は寒かった。

ま夏、というと描いているのはもう秋の表紙である。緑のセーターにスウェードのジャケット姿の女の子、画題からして暑苦しい。
〆切りは明日である、時刻は真夜中である、汗がだくだく湧いてきてもう服なんか着ちゃいられない、手拭いのねじり鉢巻き一丁で、上半身裸で色を塗っていた。
A3という大きいサイズがまたクセモノで、漫画家はふつう商業誌の原稿は余白も含めて1・2倍、B4の原稿用紙に描く。
こっちは動く可能性も含めて余白に塗る分が倍以上ある。
で、上の方を塗るとなると156センチの私(当時)は、立って、腕をうんと伸ばして筆を使うことになる。

この”156センチで・立って・腕をうんと伸ばして”がまずかった。
一段落ついて、原稿を見ると、あれ、女の子の緑のセーターの下の部分2ヶ所、丸く色が抜けている。
まあ、まず印刷には出ないところなのであるが…小さいドーナツ状である。
中もぷちぷち、白くなってしまっている。

ふ、と私は下を見た。
乳首が緑色。

人体には「汗腺」ってありますね、それ、けっこう乳首と乳輪に集中しているのですよ。

ありゃー、やっちゃったよ!
私は自分の乳首の「乳拓」をとってしまったのであった。

私は自分の「おっぱいの汗腺の数」を知っているオンナである。
だけど誰にも教えてあげません。

アダム・スミスさんと私2012年01月04日 14:14

アダム・スミスの経済学講義を聞いていたのだが、「カゴを作る人担ぐ人、そのまたカゴに乗る人、みんな『利己心』による行動で、それで社会経済は回っているんだよ、見えざる手によってね。」とゆー内容であった。
顧みて、私のやって来たことと言えば「利己(自分の為に稼ぎたい!)心」ももちろんあったが、他人にウケたい!ちょっとでもシアワセになって欲しい、とゆー「他幸心」の部分が大きかったな、と気付く。
居職の職人なんて、みんなそんなもんだと思う。

てっぺん描けたか2011年08月31日 16:45

この暑い中洗濯物を干しながら、気がついたら「夏は来ぬ」を鼻歌でフンフンしていた。
この歌、本当は長いそうだが私は2番までしか知らない。

「夏は来ぬ」

卯(う)の花の、匂う垣根に
時鳥(ほととぎす)、早も来鳴きて
忍音(しのびね)もらす、夏は来ぬ

さみだれの、そそぐ山田に
早乙女(さおとめ)が、裳裾(もすそ)ぬらして
玉苗(たまなえ)植うる、夏は来ぬ

ちょっと、涼しい気分になった。

ホトトギスは、「不如帰、杜鵑、時鳥、子規」といろいろな名前がある。
鳴き声は

http://www.youtube.com/watch?v=2F_KfMB5lOs

なのだが、これが、日本の鳥ではナンバーワンではないか、というほど聴きなしが多い。

我が家では昔日本ウズラをつがいで飼っていたが、雄の鳴き声はどう聞いても「アジャパーッ!」であった。(伴 淳三郎ではナイ。)
これも江戸時代には「勝ち鳥」と呼ばれ、武士の間で鳴き合わせが流行って、連れ運ぶのに、腰に下げる小さな「鶉籠(うずらかご)」が作られたくらいである。
この時代の聴きなしは、「御吉兆」「知地快」「帳吉古」「吉幾利快」「嘩々快」とやたらめでたいものである。

ホトトギスはほんの一部をあげると
「ととさへ、かかさへ」(名古屋付近)
「天辺かけたか(テッペンカケタカ)」(江戸)
「トッタンカケタカ」「トッツァンカケタカ」(大分・島根県)
「本尊掛歟(ホンゾンカケタカ)」(「古今要覧稿」に、京師にては本尊掛歟と言う)
「ホゾンカケタカ」(京都付近)
「ホウガンカケタカ、ブクソナヘタカ」(美濃揖斐郡・ブクは仏壇に供えるご飯のこと)
「ホトトギス」(純日本の古来の聞きなしである。)
「ともにちよに」(共に千代に・813年、嵯峨天皇) 
「オタタカチョ」山形県)
「オタタカショ」(福島県)
「オトットコイシ」(長野県北信地方)
「弟恋し、掘って煮て食わそ」(能登・越中の境あたり)
「和尚とんでってこい」(不明)
と、まあこんな具合である。

私は両親共に江戸時代からの江戸っ子家系(「まっすぐ行って左」を「まっつぐ行ってしだり」と言ってしまう・笑)なので「テッペンカケタカ」と教わった。

が。

ただ今20歳の時から借りていたスタジオをたたみ、実家で本や物を整理中なのだが、その中には私が小さかった頃に描いた絵も入っている。
私が生まれて初めて描いた生き物は、人ではなく馬なんである。
住まいが成城大学の馬術部の近くだったので、母に連れられて馬を見に行くのがほぼ日課、馬場のところで一休みが常だった。

なもので。

馬はかならず脚から描いた。
人間を描くようになってからも脚から描いた。
普通子供は顔から描き始める。というか、最初は顔を描く。
「父の日コンクール」なんか顔の羅列である。
人物を描くときは頭から描いて手、胴、脚の順で、途中で飽きると脚のない「ユーレイ画」になってしまう。
ところが私は脚から描き始めるので、途中で飽きると顔のない「逆さユーレイ画」になってしまうんである。

「てっぺん描けたか?」
なんとんなく死んだ父の若い声が肩越しに聞えてきそうである。

つんつん2011年02月26日 22:12

かつて私は鉛筆を2百本使っていた。
一度原稿に入ると削っているヒマがないから。
まだ0.3のシャープペンは製図用で重くて、芯も硬い物しかなかった時代である。
細い線で描くので、OKはこのとんがり具合。


使い切り(右)と比べるとさほど差がないように見えるのだが、書き味はまるで違う。

もともと鉛筆削りを持っていなくて(兄貴は持っていたが)私の鉛筆は母が削り、後に自分で削るようになった。
こうなると自在に削れる方が機械で削るより書き心地が良い。

絵を描くのが好きで一度描き始めると止まらない私は、次第に手持ちの鉛筆の数を増やしていった。
最高で2百本。芯が丸くなっては換え、丸くなっては換え、私は描き続けた。
たまると、削る。精神を集中させ、一気に百本以上削り上げる。
短くなったのは鉛筆さやにくくりつけて、2センチくらいになるギリギリまで使った。
私は貧しくて、描くこと以外生きるすべがなかった。
やがて0.4ミリのシャープペンがでて、私は自分に会う文明の利器を手に入れた。
0.3ミリのシャープペンも羽のように軽くなり、Bの芯がでた。
鉛筆は私の手元を離れていった。
一心不乱に百本以上の鉛筆を削り上げる至福の時を失ったことに、仕事で忙しい私は気がつかなかった。

六角形の鉛筆は、私の指に一生消えないペンだこを遺した。

オマケはつんつんに刈り上げすぎたドッコイ