死について・32016年04月15日 07:15

しかし、私は大失敗をやらかしたのである。
葬儀に何日かかるか分からないのに、持ち歩いている薬は2日分!
特に睡眠導入剤(銀のハルシオンのお世話になっている重症患者である)!
東京に取りにも戻れず、結局4泊5日の逗留の、「いつ眠れば効率的に動けるか」、チャンスは2度である。

抗うつ薬ととんぷくも2日分、これで「セレモニーの、喪主の『妻』」を演じなければならない。


「・・・・あとはだらだら、だな・・・・」

実家でゴロゴロ、だらだらだら~~~。
力を入れようにも、薬切れを起こして入らない。

家は駅から徒歩3分だけれど、駅前商店街もスーパーももうなくなっちゃって、何をするにも車が頼りである。私は運転ができない。
じっとしてるに限るよ、こんな時は。

喪服とバックはもう車に積んできてあるから、あとは礼装用の白ハンカチとか鼻炎の薬とか、みんなドッコイ氏に頼んで買ってきてもらう。(足首に力が入らず、自分で歩く気力もない)

一番いい形で、義母を送るのだ。

そのために、積極的にゴロゴロだらだらするのだ。

喪主の妻としては、はなはだ美しくなく、また頼りないが。
とにかく式の時だけ保てばいいのだ。

3日目の通夜の前夜、睡眠導入剤を飲んでやっと少し眠る。

昼間、あちこちにある公衆温泉のひとつに行って、体と髪を洗う。
(実はドッコイ家の母屋には風呂場がない。
「風呂小屋」は、もうかたむきかけて使用不能である。
義母は要介助のポイントを週二度、老人福祉センターでの介助入浴にあてて通っていた)
湯上がりに板場でフルーツ牛乳を飲んで、それはまるで子供時代向島の父の実家へ行って、そこはみんな内風呂のない下町で、銭湯へ行ったときのようで、
「あー、わたしお義母さんの葬式のためにはるばる長野に来て、今風呂上がりのフルーツ牛乳飲んでるんだわー」
と思ったら、しみじみ、自分の置かれている立場が身にしみてきた。

しかし、わたしは通夜の席でとんでもないことをしみじみ思い知らされるのである

(続く)

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