風邪ひいちゃった2012年12月02日 17:16

茹だったアタマで年賀状書くのはけっこう苦行~。
しかし今年は引っ越ししたんで、書かんとな…。

遭遇2012年12月03日 01:57

中央道の笹子トンネルで、天井崩落事故が起きた。
まだ中にたどり着けない所もあるようで、すでに死者も発見されており、詳細は分からないが大事故であることには間違いない。
笹子トンネルは夫ドッコイ氏の帰省の度に通るルートである。
このところ実家の改築のために週末通っており、今週はたまたまこちらが風邪気味で帰らなかった。
これが、土曜に行って疲れて一泊してから、東南アジア出張が控えているので休日出勤で日曜早出となると、事故の時間帯とピッタリ重なっていたことになる。
しょっちゅう通る道だけに、ゾッとした。
亡くなった方には申し訳ないが、死者のリストに載らなくて良かったなあ、というのがホンネである。
だいたいドッコイ氏は「湾岸戦争」にも「イラク戦争」にも遭遇しているのである。
これ以上の災難は「もう結構!」と思ったら、うどん屋の駐車石に躓いて、右肩脱臼骨折、あちこち金具で固めたサイボーグさんである。
彼だったら、ジャンボ宝くじ買ってもそれまでの不遇の分、当たるかもしれない。
は、ともかく。

管理定期点検から間もないという事故である。
人災にも天災にも「絶対」はない。
見よ、「安全クリーンな原子力」の裏の顔がさらけだされたらどうなるか、私たちは広島・長崎、そして、もんじゅ・東海村、ついに福島でも、体験したではないか。
人類は文明の進歩をその「利便性」に求めてきたが、そちらが先行して大切な「保安性」は後回しだ。
皮肉なことに「平和賞」を持つ「ノーベル賞」も、ダイナマイトの発明者アルフレッド・ノーベルさんが大金持ちになってできた基金である。
ドッコイ氏がその時その場所にいなかったことに安堵するとともに、いろいろ考えちゃう、おばさんであった。

Aちゃんと選挙2012年12月09日 01:40

「時々、選挙で投票に行かないことを得意げに語る人がいるけど、反応に困るわ。正直に「ほぅ。『政治に期待しない俺、かっこいい』アピールですか。大人の中二病ですか」と思ったことをそのまま言ったら、角が立つし。」
とのたもうたのは私の好きな作家森奈津子さんである。

今回、東京は都知事選もあり、ドッコイ氏が海外出張の前日、ふたりで期日前投票に行った。
こんなに悩んだ選挙は初めてである。
「日本はこれからどうなってゆくのか…」
投票用紙をもらう直前まで、まだ迷っていた。
が、とりあえず「はげちゃびん」とは書かずに(笑)無事投票を済ませた。

繰り返しになるかも知れないが、私の昔の仕事仲間Aちゃんは絶対選挙に行かなかった。
「だってー、私ひとりの一票なんかで日本が変るとは思えないもの。」
と、投票日にも仕事に精を出して稼いでいた。(仕事の腕がすこぶる良かった。)

後にAちゃんは結婚して、いささか山深いところで暮らすようになった。
夫の勤める会社はある国会議員と結びつきが強かった。
Aちゃんは手の平返して「○○先生をかこむフェスティバル」の応援にスタッフとして参加し、選挙の時には駅前まで娘をだっこして手を振りに行き。
時は流れた。

いま、Aちゃんの夫は転職して別の会社に単身赴任である。
3人の娘を授ったAちゃんはいま、未来の日本での子供たちの将来をどう考えているのだろうか。
Aちゃんは投票にいくのだろうか。
それが知りたい。

小沢昭一さん2012年12月10日 14:37

小沢昭一さんが亡くなった!ショック!
ナマで拝見したのは1度きりでした。
残念無念…合掌…

七色仮面2012年12月11日 16:58

今知った。「七色仮面」って、正義の味方だけど、次から次へと変身しては能書き述べつつ、「敵より先にバンバカ拳銃撃ちまくる」のね。どっかの大国みたいだわ。いや、色数は7色じゃなくて3つで足りるんだけどさぁ…(それは「レインボーマン」)

やっと!2012年12月22日 22:12

ドッコイ氏が帰国~~~!!!
♪うっれしっいなっとォ~♪

「ドナドナ♪」2012年12月23日 20:44

今まで「薬が変って副作用で太った」のご報告ばかりだったのだが、このたびわたくし薬のバランスが変ってやせました。
まあ、今までが「ビヤ樽ポルカ」だったのが「くびれた」というのではなく。
(50年の人生、くびれたことは一度もない!)
「副作用で太るのが止まって、丘陵地の団地の中、スーパーだ商店街だ郵便局だナンダカンダの大明神で、歩きまわった分1年で10キロ減ったのさ。
きちんと筋肉を取り戻すにはまだ時間がかかりそうだが、とりあえず部分的にトロが赤身になってきた。
私のベスト体重は、筋肉がみっしりついて52~3、筋肉がなければ48キロなので、まだぜーーーーんぜんオホホのホと高笑いはできないレベルでの話ではあるが。
やっぱり体から米袋降ろしたカンジで、幾分楽ではある。
楽になればまた動けるので、長い目で見れば適性体重に向かっている。
問題はこれから本格的に寒くなる中、どれだけ動けるか、と…
夫・ドッコイ氏のお里での新年ご馳走攻めで何キロ太るか、である(笑)。
いや、ホント容赦なく攻めてくるから。前後は車の中で、動かないし。
帰りの車の中は「ドナドナ♪」なんである。
ああ、親の愛を背脂に負って、車はガタゴト市場、ならぬ我が家へ戻るのである。

いくら「景気よく行こう!」ったって…2012年12月26日 20:04

ウチの近所のパチンコ屋さん、花輪がズラー。
見たら「祝・開店19周年」。
「日本人はお祭り好き」ったって、あと1年待てないもんか…

「日」(再収録・全文)2012年12月26日 20:21

あなたがむなしく生きた「今日」は
昨日死んでいった人が切実に「生きたい」と願った「明日」

自由平等・平和の机2012年12月28日 21:40

実家に、濃いニス塗りの古い机がある。
よく言えばアンティークだが、祖父の手作りなので無骨でもある。
祖母が身ごもった時に祖父が作り、成長して父が使い、兄が使い、兄が独立してまた父が使い、父亡き後は母が使っていた。これを、今回の引っ越しの時にもらいうけた。82年物である。

この机にはひとつの秘密がある。

戦前・戦中、「平和主義者」で「労働組合活動家」として特高警察にマークされていた祖父母が、自分たちがいつ捕まってもいいように、引き出しを全部抜いた裏板に「詩」を書いたのだ。
机を継いだ者だけがそれを読める。

母が、懐中電灯で照らして、書き写してくれた。

最初の1行だけは私も知っている。
「嵐は強き樹を作る」
である。それからが、82年の歳月でかすれて良く読めないのだが、
「貧苦の暴……れても、支配階級……
 闘志は益々先鋭化し、最後の勝利……
 確信は……堅固となり、自由と平等……
 闘争の余暇を利して、胎内にある愛児のために
 吾が同志のもっとも良き後継者として
 来るべき新社会建設をこの机上より
 創造の一歩を発せし為に記す
  1930年3月20日 (祖父母の署名)」

父の名は「確」であり兄は「等」私は「信子」、みんなこの机から名付けられた。
もしも私に子供が授っていたなら、やはり一字もらっていたかもしれない。