耕せ脳細胞!2011年06月02日 08:32

(リクエストがありましたので、サイトから転載しました・ちょっとお手入れ)


根岸、という東京の地名があって、江戸をちょっと離れた隅田川の向こう側である。
昔は雑木林が広がって、大店の寮(別荘)や、引退したお金持ちの隠居所、文化人の住む、ちょっとハイソな土地だった。
だもんだから俳句の下の句にこれを入れると(江戸時代なら)なんでも一応75点になっちゃうんである。
「初雪や 根岸の里の侘び住まい」
「夕涼み 根岸の里の侘び住まい」

これを川柳にもってくると、75点は「それにつけても金の欲しさよ」である。
「初雪や それにつけても金の欲しさよ」
「夕涼み それにつけても金の欲しさよ」

こんな知恵を私に吹き込んだのは、漢詩から連歌までやっていた我が父である。
私が「武玉川」に興味を持ち始めた頃少し教えてくれたが、事故で脳挫傷、3年間寝たきりで肺炎で亡くなり、宙ぶらりんになってしまった。

「六乳の三味線で、びんほつを弾いて叱られる道楽息子」の話なんかもしてくれたな、「六乳(むつち)」は三味線の皮の最高級品、「びんほつ」は端唄の「鬢(びん・髪型)のほつれは枕の咎よ(とがよ・浮気じゃないのよ)」という、入門唄。
いうなればストラディバリで
「さーいたー、さーいーたー、チューリップーのはーなーがー♪」
と弾いて叱られる、というような話だった。

そう言う時、父はスラスラっと原典を諳(そら)んじて見せて、職業はエンジニアだったけれども「女子校の漢文の教員になる(バンカラな男子校に比べておっとりしてるから)のが夢だった」というのも、あながち冗談ではあるまい。しかし戦後、科学、科学の世の中で、受かった国文を棒に振って、理科系に進まされたのである。祖父は、こうと命じたらてこでも撤回しない人だったからね。
それも大学では蚕の人工飼料の研究、会社では最終的に原子力エンジニア。なんじゃこりゃ。

落語のテープも200本ばかり遺してくれた。
びっくりするほど良いクラシックレコードのコレクションもある。
内田百間も私のとこからかっさらった上に買い集めて、多分全巻あるぞ。
遺さなかったのは金ぐらいのもんかもしれない(笑)。

こんなこと知っていても一文の得にもならないね。ただ、すごく楽しいだけ。
金は遺し過ぎられても困る。
私の知り合いには「大会社の一族で、相続問題決着まで26年かかった」という人もいるぞ。

脳細胞は、耕しても耕しても、無償で、無限だ。