5月生まれのパソコン音痴2011年05月04日 18:30

先日FireFoxが新しくなったのだが、ドッコイが帰国して、しかも隣にいる瞬間で良かった~(トホホ)。
こーゆーとき私はパソコンの前でフリーズする。
「どれ、席を替わりなさい。」
とドッコイがカチャカチャやってくれて、新バージョンに変わることが出来た。
思わず拝んだね、ナイスタイミング!ドッコイ大明神!である。これが数日前なら彼はアラブにいる。
だいたい5月に入って今日まで更新できなかったのが「記録用ファイルが作れなかったから」なのだからナサケナイを通り越して大笑いである。(一応記録をとっている)
…やっと作れました、ハイ。

「たぶん五月は……一年中でいちばんすてきな季節だ あの家のなしの花もいまは満開だろうね」
萩尾望都の名作「訪問者」のクライマックスシーンの名台詞。これ読んだとき
「5月生まれでよかったなあ、私!」
と、しみじみ思ったもんだ。萩尾先生太鼓判の5月生まれである。
本当は6月の末か7月の始めの予定だったそうなのだが、母が花壇の柵に足をかけて転んでしまい、気ぜわにこの世に出て来ちゃったのだ。

しかし私は自分が5月生まれだということをたいそう気に入っている。(保育器育ちのおかげでおっぱいの味は知らないし、頭ゼッペキだけど)
そして夫・ドッコイも同じ年の5月の、たった4日お兄さんでいてくれることも、何の根拠もないが、なんだか誇らしい。

まるで何かよくできた童話のように、私は同じ5月生まれのドッコイが、かつてケンカしたとき米俵のように私を担いでくれたことも、(※ご存じない方のために:かつて私はこちらがヨッパラッてカラんだしょーもない夫婦げんかの時に、家を出て行こうとしたら玄関先でドッコイに、肩にヒョイッと担がれて、運ばれて、そのままふとんにポンッと置かれて「もう寝なさい。」といわれたことがあります。毒気一発で抜けました。)パソコンに強いことも、年の内半分しか日本にいないのにピンチの時はタイミング良く日本にいてくれることも、お人好しと言っていいくらい善良なことも、いろいろ私に言おうとしない秘密や、頑固なところが根にあることも、好もしいのである。
マイナスイオンが出てる人だと思う。
しかし、私は思う、もしも私が4日早く産まれていたら、パソコン強かったかしら?
だとしたら、ちょっとくやしい(笑)。

勇気は自分で作るもの2011年05月08日 17:11

最近は「泣けた」「元気をもらった」というのが映画や本のホメ言葉なのか?
山岳映画のCMで、試写会で涙流している観客のアップ、アップ、アップに、(肖像権のモンダイはいいのだろうか)観る気すっかり萎えたわー!
心の中の岳の雪がチープな涙でどしゃ溶けじゃいっ!

何度も言うようだが私は
「元気をもらう」「勇気をもらう」「癒される」
と言う言葉を安直に使う今の日本のマスメディアを、「愚鈍」だと思う。
「元気づけられる」「勇気が湧いてくる」「癒しを得る」が日本語として正しい。
みんな「命」の主体たる「自分」の内側から湧き出ずるものであって、かけがえのない自分の人生の経験として蓄積してゆくものだと思うからだ。

そんな、「疲れたときにはグリコひと粒」みたいに、みんな安直にほいほいどん底まで疲れて、またすぐMAXになるもんか?

日々の感情は流れてゆくものだが、人生は築き上げてゆくものである。

山岳映画を観て泣いてもよろし。
「癒されました」「元気をもらいました」言うな。
「スッキリしました。」「サッパリしました。」「おもしろかったです」これでよろし。

メビウス千家2011年05月10日 18:22

NHK大河ドラマ「江(ごう)」にどっぷりハマッている。
(正しい日本人である・笑)
織田・豊臣・徳川の時代を描いているのでやたらめったら抹茶を飲むシーンが出てくる。
千利休役が石坂浩二さんだし。
多いときは一回に三度は出てくるのではないかな?
観ているとやたら抹茶が飲みたくなるんである。

さて、私はとある流派の免許皆伝である。
その名は「メビウス千家」。
「『裏』も『表』もあるモノか」の精神で二十年以上前に三人の漫画家とイラストレーターで勝手に結成された。
ようは見よう見まねである。ひどいときなんぞは立ってたてて立って飲む。座りっぱなしの徹夜仕事の合間の、姿勢と気分転換と、カフェイン補充である。
(カタギ時代の同僚Yさんは、戦国時代から続いている少数派「武家の茶道」の家元の生まれで、「ウチでは車座になって、女性も袴をはいて胡座をかいて飲むのが正式です」と言っていたが、お元気ですか?)

茶筅はいいのがある。茶杓も輪島塗りの「雪月花」がある。
しかし、茶碗が割れちゃったの。元は韓国のキムチ鉢。いい枯れ具合だったのだが。
マグカップで抹茶を…なんて無理!絶対無理!
で、探してきました「すぐにとける・楽々抹茶」スーパーで560円。
ダマにもならずさっと溶ける。スプーンでくるくる回して出来上がり。
これを飲みながら「江」を観る、あー、抹茶が美味い。

ただ困ったことがひとつ。
抹茶は湯で漉して入れるのではなく直接茶の葉を溶いて飲むので、カフェインが効いて夜目が冴えちゃうのだ。
仕方ないので夜中にドッコイのお弁当作り。まあ午・夜二食作っているので、おかずがちょっと凝ったものになる、というオマケ付きと思えば。
翌日眠い。

かにかくに罪作りな「江」と「抹茶」である。どちらも好きなだけに、罪の被せどころがない。困ったもんだ。

人の足元を見る2011年05月11日 08:05

こりゃ非常にタチの悪い詐欺だ。山谷、寿は大丈夫なんだろうか。
ニュースは消えてしまうモノだから、コメント欄に全文転載載します。(長いので、興味ない方は見ないで結構です。

簡単(手抜き)朝ご飯2011年05月12日 07:40

鶏と豚の肉団子を茹でて(あとでバターソテー)、残ったゆで汁に醤油、お酒、ベーコン、くず野菜をほうり込み、昨日残ったご飯にぶっかけて食す。万事これ無駄なし。

向日葵・タラントマリ2011年05月12日 21:05

大正時代の「北原白秋児童詩集」(祖母の遺品)で読んだ児童詩である。
といっても、挿絵だけ覚えていて内容は忘れてしまったのだが。
当時私は6才。引っ越しを機に幼稚園を中退してしまったので、一人遊びの時間はいくらでもあった。
当時白秋は北海道のウタリ(当時のアイヌ)の詩をいくつか書いていて、挿絵から察するに「向日葵・タラントマリ」も向日葵の咲くどこか地名だったようだ。
内容は忘れてしまっても、この時期白秋や島崎藤村の「ひらがな童話集」、「日本童話宝玉集」(厚さが十センチくらいある)を読めたのは、私にとって貴重な体験だった。
中でもアルス社から出ていた赤い背表紙の白秋の詩集は、特に気に入っていた。
「タラントマリ」は中央に高く大きく向日葵の花々が咲き誇って、左右に小さくウタリの人たちが民族衣装を着て、笑顔で見上げている挿絵だった。

その向日葵が、いやヒマワリが、今注目を浴びている。
福島第一原発の放射能漏れ事故、その放出された汚染土壌の放射性セシウムを一夏の開花で約95%吸収する力がある、というのだ。
種子をヘリで空中散布する計画がもちあがっているという。
ただし分解するのではなく「吸着する」ので、その後の大量の枯れ草の処分は問題として残るのだが。
ヒマワリの種子の蒔き時は今である。1ヶ月も逃すと大きく成長しない。事は急を要する。
果たしてこの計画は実行されるのか。
実行されたとして実際にはどれくらいの成果が上がるのか。
原発に最初ヘリでもたもた放水していた映像が思い出される。が、賭けてみないと結果は出ない。
やるならやるで、日本中のヒマワリの種子をかき集めるくらいの覚悟で、臨むべきだろう。
タラントマリに、今年は向日葵が咲かなくても。

簡単朝ご飯・その後2011年05月13日 04:46

昨日の残り物ごった煮が、味が良かったので、残りにブイヨン・白ワイン・きのこ・キャベツ・ソーセージの切れっ端を投入、あきらかに「昇格」している。老舗うなぎ屋の秘伝のタレのようだ。

ステファニーで朝食を2011年05月15日 16:41

1時過ぎに目を覚ましたらドッコイは留守。テーブルにお午のホットケーキが焼いてありました(彼の方が焼くの上手い)。毎度のことながら、いい人だぁ~!

中学生の息子の部屋を2011年05月16日 10:47

留守中に家捜しする母親のようだが。
事実なのか、イメージダウンを図るデマなのか。
「【ワシントン=黒瀬悦成】米主要メディアは米政府当局者の話として、国際テロ組織アル・カーイダの元指導者ウサマ・ビンラーディンが潜伏していた邸宅の寝室から、大量のわいせつビデオなどが発見されたと報じた。
ABCによると、寝室内の木箱に保管されていたという。
(2011年5月14日13時49分 読売新聞)」
テロ派側から見ればショックなのかな、日本には「ゴルゴ13」がいるじゃないか!

まほろ駅2011年05月17日 22:07

母と映画「まほろ駅多田便利軒」を観に新百合へ。
今住んでいる町田を舞台としてロケをやった作品で、そういえば商工会議所のパソコン教室に通っていたときよく「エキストラ募集」の張り紙がしてあったな。
お客の年齢層が高いのは、やっぱり「地元映画」だからかな。
しかし、おちつかないもんである。
「バスターミナル」って言っているのに「バスセンター」の方へ走っちゃうし、横断禁止の道路横切っちゃうし、地元民でも絶対分からないってところで刺されちゃうし。近くに銭湯ないし。
地元民には分かっちゃってるからかえって落ち着かない映画であった。
しかしこの主人公ふたり(若い男)の不潔感漂う清潔さは何?
ズボンローウェストじゃないだけましか。(ローウェストだったら途中で帰る)
最初の包丁の意味は多分原作読まないと分からないんだろうな。

と、四の五の書いたが、作者は女子校の15年後輩の直木賞作家三浦しをんさんなんである。
しかも困ったことに、バイトの職場も一緒だったらしい。(以前書いた「カタギ時代」、2011/2/27の「T原書店」、お前のことじゃ。)
あそこはね、モノ書き志望には勉強になるよね、うん。

映画館を出ようとしたら手作りの「ロケ地マップ・イラスト、写真入り」の力作が貼ってあって、今は無きT書店の入っているビルが意味もなく書かれていた。
三浦さんのご指名なんだろうか。
サギ同然の劣悪な職場環境だったけれど、こうやってイラストで客観視すると懐かしいのが不思議だ。