試験科目「カンニング」2011年03月05日 22:18

東北の浪人生が京大入試でカンニングして逮捕されたというのが連日ニュース番組に取り上げられている。
リビアはどうしたリビアは!は!とんでもないことになっとろーがっ!、は、こっちにおいといて。
実世界に出ると、学校入試とはまったく別の競い合いが社会を動かしている。
「入試優等生=有能社会人」とはいかないのである。

いっそ産業能率大学あたり、受験科目に「カンニング」というのを科してはどうか。
限られた状況、時間内にどんな手を使うかは自由で「正確な情報」をキャッチする能力を競う。
萩尾望都の「11人いる!」なんか読んじゃうと、今の日本の入試は、絞るところをちょっと勘違いしてるな、と思う。
正直であることは人間の大切な徳であるが、目の前の状況に、どう最短距離で融通を利かせるか、というのはまた別の話。
湾岸戦争が始まる直夜、一触即発のイラクにいたドッコイは、出国できない状況下で、安全な一カ所にとどまらず、各地の病院をまわって(仕事は医療関係)出来る限りの仕事をしていた。

アンフェア、という点では責められるべきだろうが、過去、カンニングをしてパスした受験生がいないとは言い切れない。
単に見破られなかっただけかも知れない。
しつこくニュースになるのは彼が画期的方法を使ったからに過ぎない。

求められているのは学業の秀才たちか、社会に出てから有能な人間たちか。
投じられた石の波紋は、個人ではなく教育制度に、社会のありように、広がるべきであろう。
有名大学出で金の采配がウマいだけの者たちが司る国の出来事である。

点数だけを見るな、人間力を測れ。

コメント

_ やぎ2号 ― 2011年03月10日 21:12

「カンニング」という方法はいろいろとあるのでしょうが、今回問題なのは単なる「情報収集」ではなく、「人の手を遍く借りた」ことなのでは。「隣の回答を丸写し」どころではなく、どこかのクイズ番組の「友だちに回答を考えてもらおう作戦」のようです。ニュースになったのは「遍く」の部分で、だからこそ学外で発覚してしまった、ということですよね。従来であれば、試験中や採点中に「アヤシイ」のがあれば、だまって「はねる」わけです。カンニングがあったかどうか、外部の人間には一切わかりません(わからないようにするのが普通です)。でもやっぱり「ルール」が守れないことは、点数ではなく人間性の問題になると思います。じゃあ、万引きや脱税はなぜだめなの、と言ってしまいそうですねえ。

_ やぎ1号 ― 2011年03月10日 22:23

>「ルール」が守れないことは、点数ではなく人間性の問題になる
なるほど。言われてみればその通り。

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