非文化的文化祭2010年10月06日 04:18

学園祭の季節である。 文化の秋である。
しかし、画学生時代の私の記憶は「おでんの香り」一色である。
ウチの大学は24時間3日間、つまり72時間ぶっ通しで学園祭をやった。野中の一軒家だった頃の名残である。
さすがに住宅街となった今は夜中は騒がないのだろうが、昔は深夜のロックコンサートなんて 、深夜のマイムマイムなんて(笑)あたりまえにやっていた。
娘さんよく聞けよ、青春とは意味もなく過激なモノなのだよ。
72時間の仕上げに、部で「おでん宴会」をやろーじゃないか、というハナシになり、業務用のでっかいアルマイト鍋を買い、おでん種を仕込んだ。
なにしろ72時間である。泊まりこみ組がいっぱいいる。(そーゆーのに限ってロクデナシである・笑)
最終日、行ったら(私はおとなしく通い組)石油ストーブの上にかけられた鍋のおでんが半分に減っていた。
「あんたたち、食べたわね~ッ!!」
ヘラヘラへ~である、山賊どもめ!
午前中に酒臭くおでん臭い泊まり込み組。
もう一度お金を集めておでん種を買って、その夜の打ち上げコンパにストーブコトコト、なんとか間に合わせた。
シャイな部長が「あの…魚肉ソーセージ入れてくれる?」というのがなんともかわいらしく、あー、なんで私1年のコンパでコイツの頭アルマイトのやかんで(いちおカラ)なぐっちゃったんだろ、なーんてねっ。(「てねっ」じゃないだろ、そこんとこは!)

みんなが酔っ払う夜は「無法地帯」であった。
一晩で救急車14往復、というのが当時の記録である。
酔っ払ってアトリエ棟の天窓から女の子が降ってくる(これは奇跡的に無傷)なんてあったりまえだったから。
救急隊員のお兄さんが
「輸血のため血液型B型の人同乗してください~。」
と叫ぶと、回りを取り囲んだヤジ馬が
「あ、おれO型~!」
「おれABですぅー!」
「おれB!!全部抜いていいよ~ん!」
「ヨッパライは邪魔だからあっち行ってくださいッ!!シラフでB型の人いませんか~!」

さすがに翌日学長室に消防署から
「おたくの学生なんとかしてください!」
と文句が来て、「来年から深夜の『深酒』禁止」令が発布されたが、そんなこと守る奴っちゃナイ我々である。
「文化祭」それは文化の極北まで極めようという大馬鹿モノ達の尾籠(おこ)の限りであった。