万引きする人2009年09月02日 00:15

先日警視庁から発表された「万引きの動機」について、特に集中するふたつの世代、十代は「ゲーム感覚から」、老人世代では「寂しかったから」とあった。

萩尾望都さんの「トーマの心臓」には「盗癖がある生徒」が登場する。ゲーム感覚でも孤独でもなく、ただ病としての盗癖で(私はこんな人を2人知っている)、作中ではとても狂言回し的な重要な役で、善良といってもいいほどである。

ゲーム感覚の万引きは躾ける者の責任である。

私の暮らす町ではかつて「大型書店」と「BookOff(古本屋)」が向かい合った十字路があって、書店の万引き件数がマンガを中心に1日平均少なくとも2百件(包んであったビニール袋が側溝に捨てられていた枚数)古本屋では人気漫画の単行本発売日に「売り」が集中する、という、もう目にもハッキリ分かる「万引きクロスロード」と呼ばれていた所がある。
今では古本屋が撤退して、万引き件数が激減した。

老人の孤独、これは合わせて198才の養母とパートナーを介護した私には分かるのであるが、老いの一過程としか言いようがない。逆にふたりは「○○が盗まれた」と言って引かなかった。(そのくせ自分の入れ歯は病院のゴミ箱に捨ててしまうのだ。本当に困った覚えがある。)スーパーの野菜売り場で、身なりの良い老紳士が、キュウリを一本ひょいっとコートのポケットに入れてしまったりしている。
調べてみるとだいたい、パートナーが亡くなったか離婚してひとり暮らしである。
食い逃げと万引きは、よほど悪質でない限り、店長だの警察だののお出ましになって、騒ぎが大きくなるので、「その場で厳重注意」というケースが多いとも聞く。

さて、私の知っている「そうでないふたり」、それは「天才」であった。
ひとりはバレエダンサー、もうひとりは造形作家である。

バレエダンサーは高校生の時腰を決定的に傷めて、進路を変えて大学に入学したのであるが、本人の必死のリハビリで「あと数ヶ月で卒業」というときに回復し、学歴を捨て現場に戻った。
が、同世代は自分のずっと先を行っており、その歳月の与えた残酷なギャップに、ものすごく悩んでいた。そこから万引き病がはじまったらしい。

天才造形作家、こちらは在学中から「巨匠」と呼ばれていたが、困ったことがただひとつ、「捨ててある物」、「落ちていた物」か「盗んだ物」を主軸にしないと作品を作れないのである。何度も警察沙汰を起こして、もう学校のみんなに知られ渡っていた。
ああ、しかしその才能は「天才クラス」なのだ。
しょっちゅう世界を放浪し、「さすがにインドだけは牛の糞すら(燃料にするから)落ちていなかった。」と言っていた。
在学時代からデパートの売り場の棚だの装飾だのと仕事はあったのであるが、すでにそれを知っているプロデューサーが、夜のデパートで(作業は深夜である)、手伝いに来た仲間達に「絶対によその売り場には近づかないよう、必ず見張っていてください!」と注意するほどであった。

孤独な老人の万引きは、よほど悪質な物でない限り「老いの一過程」であるから、残念だけれども仕方ないと思う。

私の唯一知っている「ゲーム感覚」の人は仲良しだった。
私と買い物をしている最中消しゴムを万引きして、警備員に連れて行かれ、しばらくしてこわばった顔で戻ってきて、(私は冬のデパートの階段で、目の前で起きたことが何が何なのか分からずに、ぼ〜っと待っていた)
「ひどいのよ、あの警備員。あなたのことまで疑うんだから。」
と赤い目をして言い訳をした。
とても仲の良い人であったが、御縁はそれきりである。

バブルがはじけた頃、「せめて住み込みの従業員たちに美味しいものを食べてもらおう」と小さな町工場の社長夫婦が「ステーキ肉とウナギの万引き常習犯」として逮捕され、新聞に載ったことがあった。(私はこのテの記憶力はものすごくいい)

大不況ではあっても「経済破綻したときの売り場の棚が空っぽだったソ連」ほどではなく、モノが「さあ、手にとってくださ〜い」と商品棚に並んではいる日本。
この先どうなるのだろう。
精神的ジェネレーション・ギャップや貧富の差はとんでもない勢いで広がってゆく。
売る人、買う人、盗む人。
その事情や件数、法による裁きはどうなっていくのだろう。
明日のことは、だれも知らない。

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