言葉の不思議2009年05月01日 11:59

「私は退屈だ」とキーボードを打ち込むと、本当に退屈な気分になるから不思議だ。
どうやら気分というものは「言葉」に大きく左右されているらしい。
では「私は退屈ではない」と打ち込むとどうなるか。
いかん、まだ退屈だ。どうやら言葉のパワー(言霊)が不足しているようだ。

古来日本人は言葉に霊力が宿り、それを音にすることで力を発揮すると信じていた。「言霊信仰」である。山上憶良は日本の特性を「言霊の幸はう国」と看破している。
憶良は渡来人、亡命者だった。戦争で母国を追われ、4人に1人は難破する危険な渡航技術の中、命からがら日本に渡ってきた。「写経生」という書記の職を得、中国語、朝鮮半島語、日本語を理解し、太宰府に文学サロンを興し、後に大陸と日本を結ぶ役となった国際人である。彼がいなかったら日本語の方向性は少し変わっていたかもしれない。

ところで「私は退屈だ」であるが、こんな駄文を打っているうちにどこかへ飛んでいってしまったらしい。文章を書き終えるとまた退屈がやって来る。魔の永久機関である。トホホ・・・