ほくろ(黒子)2011年11月06日 19:03

「これはほくろになるだろうな、というかさぶたがひとつ、腕にある。
場所が絶妙で、無意識のうちにカリッと引っ掻いてしまうのである。
引っ掻くごとに出血が増え、本日は圧迫止血10分。
たぶんほくろとして残るだろう。
二つ並んだほくろのちょうど中間点にあるので、私はやがて「オリオンの三つ星」を腕に持つことになる。

母が帯状疱疹で、だいぶん良くなったが、終着駅が鼻のてっぺんで、これは「いけない」と思いつつもつい触ってしまうものらしく、ぷっくりと丸くほくろになってしまった。
鼻先だけ見れば立派にグリム童話の「魔法使いのおばあさん」である。
父も晩年、下唇に丸いできものが出来ており、年を重ねると人体の細胞というものは「丸くまとまろう」とするのかもしれない。

ドッコイ氏も首の絶妙なところに小さなイボが出来、
「ねえ、イボコロリ塗っていい?」
と聞くたびに
「だめです。これはわたしの体の一部ですから。」
と拒絶され、ちぇー、ケチンボ!塗らせろやい。
(画像は昔の「イボコロリ」)

ほくろは「黒子」とも書く。
文楽や歌舞伎の、あの黒装束、黒頭巾のあの人たちである。

昔「復興日本美術院展(以下「院展」)で臼井義人さんという方が毎年「黒子」を描いていて、その初期の頃が好きだったのであるが、ここ10年、院展も全体的につまらなくなったので行っていない。
彼はまだ描いているのだろうか。

東京都美術館がまだワックスの香りの木の床の頃から(赤ん坊の頃からだが記憶にあるのは5歳くらいから)院展には毎年行っていて、安田靫彦先生の晩年の作や、真野満さん羽石光志さん、森田廣平さん吉田善彦さん、若手では林巧さんなどを観てきたわけだが、全員鬼籍に入られてしまった。
特に若い森田廣平さんの急逝と林功さんの中国での交通事故死は痛かった。
全体に前田青邨→平山郁夫(芸大学長)派閥が増えてから、院展は「優等生の作品」が多くなって、つまらなくなっていったように思う。
これも故人だが小松均さんのようなハチャメチャさの持ち主が消えていった。
つるんとした白い肌の、ほくろのない作品ばかり多くなった。

ひとつ増えるであろう、私のほくろ。
ドッコイ氏の小さなイボは、なるほど確かに「彼」という個性のひとつである。
ああ、でも私を誘う、塗りた~い、「イボコロリ」!(笑)