涵養(かんよう)2011年02月28日 20:50

ドッコイに来るバレンタインのチョコレートは有無を言わさずバリボリバリと私が食らってしまう。
結構ヤキモチやきなのかもしれない。
「いや、ドッコイは糖尿病なのだ、これはひとえに『愛』なのだ!」と自分を自分を説得してはいるが、私とて胆石でアブラもの厳禁である。
となると、もはや命がけのヤキモチやきである(笑)。

わたしたちのあいだにあるものは「涵養」である。
『自然にしみこむように養成すること・無理の無いようにだんだんに養い作ること』

ドッコイとの15年半は、お互いに、この日々だったように思う。

私たちは同い年で4日違いの生まれ、という以外、何も共通点がない。
しいていうならどちらも「散らかし屋」で「巣ごもり好き」という点くらいである。(笑)
ドッコイは仕事で巣ごもってばかりもいられず、年の内半分は外国だし、私は思い立ったように突然長距離旅行をしたりする。
が、ふだんはふたりとも地道に地元で生活している。行動半径は狭い。
私たちはつがいの鳥のようにシングルのふとんで寄り添って眠り、朝と午・夜の弁当は私が作り、土日のブランチはドッコイが作る(この人の方が上手い)

ふたりとも病持ちだが、長生きしたい。
お互い年を取ったらどんな風になっているか楽しみである。
よそからのバレンタインのチョコレートは、あいかわらず私がむさぼり食らっているのだろうが。